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今回は堀内家長生庵を紹介します。私は春の短期講習では堀内紀彦さんに、夏は堀内宗完さんにお世話になったので、なんだか縁があるなあと勝手に思っています。お二方とも朗らかな性格で、気さくな方でした。正月には年賀状を長生庵に送ってみました(そのことを聞いた母は図々しいねと笑っていました)。

長生庵は二条城の東にあり、釜座通りという、大西家など釜師がかつて集まっていた通りに面して建っています。グーグルマップで見たのですが、けっこう地味で普通の町家と間違えてしまいそうなほどです。長生庵は上京の表千家に対して中京に位置しており、江戸時代は何度も大火に見舞われました。現在の長生庵は禁門の変の後に再建された明治初期のものです。

写真は露地の梅見門です。表千家にもあります。蹲や飛び石は面白いかたちをしていますね。

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長生庵のにじり口。不審庵とけっこうかぶる外見です。かわいらしい小石がにじり口の前まで飛び飛びに配置されています。

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長生庵の内部。二畳台目で、不審庵とたいへんよく似ています。侘びの意匠については千家そのものであり、さすがといった感じがします。各所に竹材がふんだんに使われており、やはり侘びた印象を受けます。

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せっかくですので不審庵の画像を持ってきて比較します。まず中柱が、不審庵はまっすぐなのに対して長生庵は曲がってます。天井は不審庵が蒲天井なのに対し、長生庵は板張りになっています。窓の数は、不審庵は下座に一つ、にじり口側に三つあり、長生庵はにじり口の辺りに三つ、点前座に三つとなっています。また、土壁は長生庵の方は玉林院の蓑庵のような、線が入った濃いものになっています。構成でいうと、にじり口と床が両者では左右逆で、天井も化粧屋根裏が長生庵は逆に来ています。

だいたいこれくらいが違いなのですが、逆に言えば後の部分は不審庵とだいたい同じで、本当に不審庵とよく似ています。よく千家の好みが伝えられた侘びの茶室です。

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平面図です。点前座の辺の印象はけっこう不審庵と違うかもしれません。