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金沢旅の二日目は昨日と同じく90パーセント雨の予報の中始まりました。朝食の時には晴れ間も見せていた天気ですが、日本海側から絶えず供給される雨雲のせいで断続的に雨が降り続いていました。私が来る前の四日間はずっと記録的な大雨が降っており、一日目にはそれのせいで市内で崖崩れも起こっていました。

私の今までの旅の中では最も天候の荒れたのが今回の金沢旅でしたが、その分雨に濡れた石畳はとっても美しく、それに時折見せる晴れ間がまた貴重でなかなか印象に残りました。

まずはホテルを出て、金沢の二大河川の一・浅野川を超えて東山ひがし茶屋街を目指します。まず見つけたのはこちらの建物。金沢で盛んな能の宝生流のお稽古場です。藩主・前田利常公の尽力によって徳川に数寄で抗う一大文化都市へと成長を遂げていった金沢では今もその洗練された文化が継承されています。特に茶道裏千家と能宝生流は金沢の人々に浸透しています。宝生流は子どもにも熱心に教えられており、また金沢では頻繁に披露されるそうです。



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出ホテル(8:40)、本願寺金沢西別院(9:00)、俵屋(9:10)、東山ひがし(9:40)、主計町茶屋街(11:10)、大樋美術館(11:20)、寺島蔵人邸(11:50)、高峰家(12:50)、和菓子司中島(13:20)、天徳院(13:40)、諸江屋本店(15:30)、にし茶屋街(15:40)、帰ホテル(17:20)


二日目はこんな感じで回りました。一日目では金沢城とその周辺を行ったので、二日目は城からちょっと離れたところにある三つの茶屋街を中心に訪れました。




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此花町の繁華街から一本道にそれ、趣のある道を歩いて浅野川を目指します。この道は昔からの古い道のようで、古名を記す標識や古い和風建築がそのことを教えてくれました。


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偶然にも見つけた本願寺の金沢西別院。加賀一向一揆の後期の拠点として金沢城の地に尾山御坊が建立され、金沢は一向宗の治める都でもありました。その後近世的な統治に権限を譲り渡したあとも金沢には無数の浄土真宗の寺院が立ち並びました。今も金沢の寺院は大半が真宗で、そのうちでも大谷派が主流です。しかしこちらのお寺は大谷派ではなく、西本願寺を本拠とする本願寺派の末寺。本山さながらの立派な山門と木造の本堂には驚かされました。



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本堂内部も豪華絢爛。内陣・外陣を伴った独特のお堂になっています。中でも上の透かし彫りや厨子の豪華さは決して京都の本山に見劣りしません。




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見つけた小寺院。金沢駅から浅野川にかけてはかつて寺院町があったこともあり、お寺が多く残っています。



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女川・浅野川を渡って卯建山の方角へ。緩やかな川として知られる浅野川ですが、今回ばかりは連日の悪天候でだいぶ荒れ気味でした。


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浅野川を渡ってすぐ南下したところにある、じろ飴の俵屋本店。古風な店構えから、あまり便の良くない立地でありながら多くの観光客が訪れます。

建物は築200年で、奥は住居として今も使われています。俵屋が飴屋として文政年間に創業する前からある建物であり、市の文化財に指定されています。


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かなり横長の表構え。一階の屋根の庇はお客さんが雨雪をしのげるように大きくとってあります。金沢の建物にはこうした庇の雪国ならではの工夫があります。これの発展型として、金沢茶室の内露地があるのではと私は思います。







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角にタの字、の俵屋印。店の看板は壺の形をしていますが、ちゃんと壺売りの商品が今でもあります。


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俵屋を通り過ぎ、東山ひがしを目指す途上に見つけた和菓子屋。なんとなく置き売りをしていなさそうな店構えです。金沢にはこうした発注が中心の小さな和菓子屋もたくさんあるのでしょう。




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城北大通りまで出てきました。東山ひがしまではもうすぐです。通りには老舗らしき店が今もいくつか残っております。こちらは明治8年創業の米沢茶店。


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保存建築に指定されている元芝田生菓子店の建物。商家風の重厚な建築です。この通りは元観音町通りと呼ばれ、東山ひがし茶屋街の裏にあります。観音院というお寺の参詣道となっていて、前田家の参詣がある時にはこの通りが使われていました。


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明治37年ごろに建てられた経田屋(きょうでんや)の建物。江戸後期からこの地で米屋を営んできた老舗です。



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さて、東山ひがし茶屋街にいく前に、これまで撮ってきた町家の写真を見ていきたいと思います。美しい格子窓に屋根から突き出た太い梁など、木造の魅力をふんだんに感じることができます。どれも決まって庇を大きくとっているのは京町家との大きな違いでしょう。




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さて、二日目にしてようやくこの金沢を代表する美しい花街の町並みをみることに。江戸後期に形成されたこのお茶屋街は今も変わることなくその風情をとどめています。







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花街の入口に必ず植えられる柳。朱の茶屋によく似合います。





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重要文化財に指定されているお茶屋・志摩。貴重なお茶屋文化を伝える建造物です。今も現役でお茶屋として使われていますが、昼間は一般に公開されています。



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中に入ると、さっそく吹き抜けが二階まで続いているのをみることができます。このあたりも白と黒で柱や壁が塗られ落ち着いた作りになっています。




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お茶屋二階。朱の壁紙が貼られた華やかなる空間です。しかしながら大変に落ち着きがあり、洗練された美を感じることができます。連子窓を穿った床や金箔に懐紙を張った天袋、うさぎの釘隠しなど、細かなところに工夫が凝らされてもいます。







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こちらはお茶室。小堀遠州好みと伝わる五畳の広間です。床の間の使い方にやはり特徴があり、段をつけた通常の床の外縁に平板が組み込まれ、一畳分となっています。他のお茶屋の部屋との調和を図ってあまり侘び数寄の要素はありませんが、こういったところにまでお茶室を設けているとは驚きでした。





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お茶屋別室。こちらは床を大きくとり、その隣に大きな地袋を配しています。



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こちらは奥座敷。先ほどの朱の壁紙と比べ、こちらはうぐいす色で地味です。


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二階から見た坪庭。複数の灯籠を配した典型的な作りです。




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一階に飾られていた郷土玩具「加賀八幡起き上がり」。子どもの健康と幸福を願っただるまであり、和紙を基調とした松竹梅や鶴の描かれためでたい絵柄が特徴的です。



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生けられていた椿。魚籠風の花入れと良い取り合わせです。





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お茶屋をハシゴしてお次は懐華楼。


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二階のお座敷。先ほどの志摩ではここまで大きなお座敷はありませんでした。



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こちらは壁紙が青で彩られています。お座敷もたくさん。ちなみに手前の襖は網がけのような面白い工夫がされています。



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懐華楼には独特の美意識に拠った工夫がいたるところに見られます。格子状の畳や障子を挟み込んだ襖などは他では見ることができないようなものでしょう。

藩からの目が厳しかった花街ではあまり贅沢なことはできませんでしたが、その分質素ながら華やかさの出すことのできる工夫が発達していました。贅沢を尽くすことのできた金沢藩の御殿・成巽閣では数寄屋といたるところに取り入れた豪華さに目を奪われましたが、そういったことのできない花街では壁紙を朱や青で飾ったり(成巽閣では群青色という西洋伝来の色彩を部屋全体に取り入れていました)、襖や畳に工夫を凝らしたりしてなんとか華やかさの演出を図っていました。





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再び外に出ると、雨がまたぶり返してきていました。ちょっと裏通りを歩いていたら、金沢を代表する和菓子屋・森八のお店を見つけました。お茶屋の建物を改装した古風な作りです。



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他にも色々お店を見つけました。近くには卯建山の寺院群があるのでこちらも見たかったのですが、雨が強かったせいで断念。



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古民家の軒先に何やら吊るされているものが。これはこの近くのお寺、観音院で売られる縁起物「とうきび」。このトウモロコシを軒先に飾っておくと家内安全・商売繁盛に効能があるそうです。地元ならではの風習です。



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東山ひがしを離れ、再び浅野川を渡ってすぐのところにある主計町茶屋街へ。ここは東西の茶屋街より成立が遅く、明治初期の形成になるそうです。







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浅野川に面して落ち着いた雰囲気の茶屋街。ここは夜景が綺麗なようですが、雨露にしっとり濡れた風情もなかなかです。




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茶屋街の奥に行くとそこはすぐ坂になっています。通り抜けられる坂は二つあり、それぞれ「暗がり坂」「あかり坂」と呼ばれています。かつてはここからこっそり旦那衆が茶屋へ通ったとのことです。写真はあかり坂。


次回は二日目後編(大樋美術館、寺島蔵人邸、にし茶屋街)をお送りします。