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こちらの書、初めて見た人はびっくりするでしょう。

大胆極まりない筆致、これが墨跡なのかと思うほど風変わりです。

これは室町時代の禅僧・一休宗純が書いた一行の墨跡です。一休さんといえば多くの人にはあのトンチの一休さんがまず想像されてしまいますね。しかし上の墨跡のように実際の一休さんという人は破天荒そのものでありました。男色、女犯、酒肉などなど仏教徒の禁忌を尽く破り、奇行の逸話は数多く伝わっています。あのアニメの一休さんの印象しかない人はびっくり仰天でしょう。一休さんの奇行の一例を挙げますと、彼は常に大刀をもって歩いていたそうですが、鞘をとってみるとただの木刀でしかなかったそうです。これは刀を持って威張り散らしている当時の武士に対する風刺でありました。また彼は教養人らしく詩も作っていましたがそこにも彼らしさが見られます。彼の漢詩集である『狂雲集』には当時の保守に走って本質を忘れた禅僧に対する批判や側妻である森女への耽溺など、一休宗純のひととなりというものがよく表れております。

そして今回の一休宗純が書いた墨跡は七佛通戒偈と呼ばれるもの。これは仏教で釈迦以前に存在したとされる6人の仏と、釈迦を含む7人の仏が共通して説いた教えを一つにまとめたとされている偈であり、お釈迦様を奉る禅宗では特に尊ばれました。その内容は以下の通り。

  • 諸悪莫作(しょあくまくさ) ― もろもろの悪を作すこと莫く
  • 衆善奉行(しゅうぜんぶぎょう) ― もろもろの善を行い
  • 自浄其意(じじょうごい) ― 自ら其の意(こころ)を浄くす
  • 是諸仏教(ぜしょぶつきょう) ― 是がもろもろの仏の教えなり

    一休さんはこれの前半の八字を墨跡に認めました。彼は今回紹介する永青文庫蔵のものの他にも多くの七佛通戒偈の墨跡を残しています。それらはいずれも一休さんのひととなりを端的に表したような激しい字体になっております。この永青文庫蔵のものに関しては千利休の逸話が沿っており、この墨跡を見た彼は一字だけ(勢いに任せて書いたため)後で付け足した「善」の字によって墨跡全体が良い塩梅(あんばい)になっていると評価したそうです。

  • この七佛通戒偈の墨跡のように縦一行に文字を書いてある墨跡のことを「一行」と呼びます。一行の形式は本場の中国では見られませんが、日本では夢窓国師や一休宗純が一行を書いております。今でこそ一行といったら多くの人が「掛け軸」と聞けば一行の墨跡のことを思い浮かべるでしょう。しかしこの一行が墨跡の主流になってきたのは江戸時代になってからでありました。一行というのはやはり床の間にかけるにあたってはそこまで幅を取るものでもありませんでしたし、扱いやすかったことから江戸時代より多くの人が一行を所望するようになり、それと同時にその需要に応えるように多くの一行の茶掛が生み出されました。千利休の師・古渓宗陳や石田三成の参禅の師・春屋宗園、大茶人・津田宗及の息子である江月宗玩、紫衣事件で流罪になった沢庵宗彭など、この時期の大徳寺の住持は多くがこの一行の墨跡を残しております。現代においてはこの一行以外の墨跡は逆にあまり見られないというくらい墨跡では一行が天下を取っております。






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    こちらは同じ一休さんの七佛通戒偈で出光美術館蔵のもの。やはりこちらも一気に間髪入れず書いたような豪快な書体になっています。私は上のほうが好きなのですが、みなさんはどっちの方が好きでしょうか。

    一休さんという人はこの七佛通戒偈が彼の墨跡の代表作といってもいいくらいですが、この一行のおかげでもうしかしたら後世の一行の隆盛は起こったのかもしれません、と私は勝手に思っています。なんせ古渓和尚や春屋和尚にとって、一休宗純という人は自分たちの大徳寺を中興した偉人であり、大変尊んでいたでしょう。そんな一休さんの一行の形式を彼らも意識的に踏襲したのではないかなぁ、と思いつきでポツリ。



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    ちなみにですが、一休さんの聖地として知られているお寺が二つあります。一つは大徳寺の塔頭・真珠庵。一休さんを偲んで建立された塔頭であり、七佛通戒偈の墨跡のひとつがここにもあります。そしてもう一つは一休さんが晩年を森女とともに過ごした南山城の「一休寺」酬恩庵。ここには一休さんの廟所があります(上の写真)。一休さんはなんと天皇の落胤であると言われており、その説をとっている宮内省によってこの廟は皇族の墓として管理されています。

    茶道をやっている私にとっては茶湯の成立と関連のある一休さんのお寺であるこの酬恩庵、そして千利休ら多くの茶人が参禅した大阪・堺の南宗寺はいつか訪れたいと思っています。