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(増女の能面、増阿弥作、室町時代、三井記念美術館蔵)



能という、酩酊。

今日は初めて能を見てきました。以前から茶道と同時代に生まれた能というものに大変興味を抱いており、その雰囲気を堪能したいと思っていましたが、ついに念願をかなえて行ってきました。

場所は渋谷から歩いて10分、閑静な住宅の中にある観世能楽堂です。毎月定期公演が行われており、能の好きな人が多く訪れます。今月は能を大成した世阿弥の「当麻」(たえま)という演目が筆頭にあげられ、中将姫の役を観世流当代の観世清和氏が務めていました。

この当麻という演目は世阿弥が手掛けたものの中ではそれほど有名ではなく、「井筒」「老松」「高砂」といった彼の代表作と比べると見劣りはするかもしれません。しかしこのお話は奈良の名刹・当麻寺(たいまでら)に古くから伝わる「中将姫伝説」に題をとっており、このお話を知っている人には親しみやすい演目です。また最後に中将姫が旅僧のもとに現れ、舞を舞って去っていく場面は大きな見どころであり、能独特の美意識である「幽玄」がよく表現されています。

この物語のあらすじはこんなかんじです。ある旅の行者とその連れが奈良の当麻寺に立ち寄ると、そこに姥と連れの女がやってきて当麻寺に伝わる中将姫の伝説について聞かされます。そして二人は自分たちが化尼化女であることを告げて去ります。その夜行者たちが通夜をしていると、その中将姫が現れて舞を舞って去っていき、話は終わります。

ちなみに中将姫伝説についても記します。「中将姫は、奈良時代の右大臣藤原豊成公の娘で、幼くして母を失い、継母に育てられました。しかし、継母から嫌われ、ひばり山に捨てられてしまいました。その後、父と再会し一度は都に戻りましたが、姫の願いにより当麻寺に入り、称讃浄土経の一千巻の写経を達成し、十七歳で中将法如として仏門に入り曼荼羅(諸仏の悟りの境地を描いた絵図)を織ることを決意し、百駄の蓮茎を集めて蓮糸を繰り、これを井戸に浸すと糸は五色に染まりました。そしてその蓮糸を、一夜にして一丈五尺(約4m四方)もの蓮糸曼荼羅を織り上げました。姫が二十九歳の春、雲間から一丈の光明とともに、阿弥陀如来を始めとする二十五菩薩が来迎され、姫は、西方極楽浄土へ向かわれたと伝えられています。」(当麻寺境内の案内板の説明)。こんな風に、元となった話が仏教説話風であるので、能自体もけっこう仏教色を感じさせるものとなっています。



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観世能楽堂の内部です。檜皮葺の立派な舞台が建っています。観客は当然ながら年配層が多く、皆さん着物などしっかりした服装でありました。開演になっても映画とかとは違って館内は暗くなりません。私の横ではどこで入手したのか、「当麻」の謡本(台本のこと、一冊2000円だそう)を必死で追う年配の方が。けっこうたくさんの人がこの謡本を持っていました。

曲目が始まると、私は能のことは分からないので、音と動きに集中していました。まず登場したのは囃子方。大鼓・小鼓・笛の音が響き渡ります。「イヨォー」「ポンッ」という単純な動作が繰り返されると、だんだんまるでお酒に酔ったかのような心地よい気分になってきます。なんだか不思議な感覚です。

10分近くすると続いて行者の三人が登場。全く無駄のない美しい足さばきで進みます。そういえば短期講習会でお世話になった堀内家の跡取り・紀彦さんは講習会のときに足さばきついて軽くご教授してくれました。紀彦さんは京大在学中は能のサークルに入っていたそうで、この能の歩き方を教えてくれたのを覚えています。能の歩き方は茶道でも大変参考になりますので、今回はよく見ておきました。三人の行者はこの後右前方で多くの時間座りっぱなしになりますが、この座り方が正座ではなく「片膝立」という独特のもの。囃子方は正座なのに対し、かなり異様に見えました。あとで化尼は椅子に座りましたが、化女のほうはやはりこの片膝立でありました。

その化尼(観世清和役)、化女は開演から20分ほどたってようやく登場。二人とも能面をしており、なんというか、もはや人間を超えた神性のようなものを感じさせてくれました。能では女方であっても歌舞伎の坂東玉三郎さんのような声色ではなく、男性の声色でセリフを発します。ここからは化尼らが行者に中将姫のことやらを案内する場面に入るのですが、歌舞伎とは違い、能はあまり動的ではないので、音をひたすら集中して聴いていました。能のセリフは完全に古語であり、歌舞伎や狂言よりもその場での聞き取りは困難です。さらに、役者・囃子方・謡(うたい)方が同時に音・声を出す場面もあるので、セリフの聞き取りはあきらめたほうがいいかもしれません。しかし逆にその音が「交響」する場面こそが、場の高揚、気分の高揚をもたらすという、最大の見せ場を提供してくれます。この場面に至ると、観客の私はお酒に酔った、酩酊状態のような感覚になってしまいました。

やがて化尼・化女が退場すると、演目は終わりに向かって静かに収束していきます。この場面は私にはまるで、茶道の点前における「仕舞い」の部分のように思われました。そして最後の最後に、この世にはいるはずの無い中将姫(観世清和役)が登場。幽玄なる舞を舞って静かに去っていきます。この中将姫登場の意外性は、初見の私にとってはかなりの感激であり、大変粋な演出に感じられました。中将姫が舞台を去ると、続いて行者などの役が、そして囃子方、謡方が退場し、静かに演目は終了します。


能初体験の今回はあまり前知識を詰め込まず、新鮮さを味わってみようと思っていました。しかし終わってみると、「謡本、読んでおくべきだった」と後悔。能を見る人というのはある程度話の筋を頭に入れておかないときついのです。なので下準備の勉強は必須。猛省でありました。





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能楽堂内ではこんな粋な計らいが。

今回の演目「当麻」に合わせて、奈良・当麻寺の門前にある有名和菓子屋「中将堂本舗」の看板商品・中将餅が取り寄せられて販売されていました。おととしの奈良旅行で当麻寺に行き損ね、この和菓子も購入できなかった私はさっそく買い求めました。

中将堂本舗は昭和4年創業の和菓子屋。当麻寺の名物・牡丹をかたどったヨモギ餅・中将餅でもって今に至るまで繁盛しています。この中将餅は当麻の里では古くから自生するヨモギをふんだんに使い、餡をのせた草餅に仕上げたもの。当麻寺を訪れる人たちの名物となっています。

あと当麻寺について説明をしてきませんでしたが、ここは古刹多き奈良でも指折りのお寺です。奈良盆地の左下方・二上山の麓にあって奈良時代に創建されました。阿弥陀如来像、中将姫伝説ゆかりの当麻曼荼羅、奈良~平安時代に建てられた本堂や二つの三重塔は国宝に指定されており、ほかにも多くの寺宝があります。子院・中の坊には茶人・片桐石州の茶室・四畳半の丸窓席があり重要文化財になっています。奥の院は浄土宗であり比類なき美しさの浄土庭園で知られています。



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こちらが中将餅。今の季節にぴったりなヨモギ餅です。ヨモギ餅、といえば私は静岡の伊豆国一之宮三島神社の名物草餅「福太郎」のことを思い出してしまいます。しかし、さすがに評判の中将餅は一味違います。何が違うかというと、ヨモギの風味の素晴らしさ。さすが地元のヨモギを使い、製法にもこだわっているだけあります。この中将餅はヨモギ餅でも最上級のおいしさであります。

中将堂のHPです。ヨモギ餅の製法などものっておりますので是非どうぞ http://www.chujodo.com/


というわけで、初めての能体験は、当麻だらけでありました。今回は相当本格的であったので、次回はもうちょっと初心者向けのものか、もっと有名な「井筒」などの演目があるものを見てみたいと思います。あとは薪能や野外能も体験してみたいです。