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マボタン2周年企画の「古田織部の茶」、第五回目をお送りします。今回紹介するのは、『へうげもの』最新巻でも登場したこちらの井戸茶碗「十文字」です。

茶道の世界ではひびが入ったり割れたものをくっつけたりしたお道具が珍重されることが往々にしてあります。実に世界でも稀な美意識でありましょう。たとえば足利将軍が愛してやまなかった青磁茶碗に「馬蝗絆」(ばこうはん)というものがあります。この世に二つとない美しい色合いを持っているにも関わらず、そこには一筋の割れ目といつくかの鎹(かすがい)があって完全性を失っています。しかしその欠損がこの茶碗の名をより高めましたし、何よりそれを良いという人が後を絶たなかったのです。

この「馬蝗絆」のようなひびが入ったりしたものというのは、道具として使われる中で偶然割ってしまったり(豊臣秀吉所持の井戸茶碗「筒井筒」)、窯中で高温によりひびの入ったもの(千利休所持の信楽水指「柴の庵」)が大半でありますが、今回紹介する井戸茶碗はそういった形で欠損したものではありません。所持者である古田織部が意図的に裁断して繋ぎ合わせたものなのです。茶碗をわざと割って継ぐ、こんな事例は前代未聞でしょう。織部はなぜこのようなことをしたのでしょうか。

そもそも井戸茶碗というのは、朝鮮の人々が日常生活に用いた雑器でありました。朝鮮には卓越した白磁や青磁の技術がありましたが、こういったものは庶民には全く縁が無いものでした。なので日本の茶人たちが血眼で白磁・青磁ではなく井戸茶碗のごとき下手を求めるという現象は朝鮮の人々にとっては全く奇妙なものだったでしょう。

この井戸茶碗には「大井戸」「小井戸」「青井戸」などの外見的な区別があって、今回の主役である「十文字」はこのうちの「大井戸」に属していました。しかもこの茶碗は取り立てて巨大、むしろ茶碗よりは鉢として使った方がふさわしかったくらいかもしれません。井戸茶碗に織部は目を付けたわけであります、「こやつをいかにして小さくするか」と。常人だったら恐れ多くてそんなことはできないわけでありますが、大胆にも織部はこれを十字に裁断してしまいます。そのうえで体積を減らすために少し一部をそぎ落ちしたうえで再びつなぎ合わせることで、この「十文字」は完成したのです。

茶道具にわざと傷をつける、これは前時代の千利休の精神とは全く対極にあります。自然体としての不完全さを肯定する、これが侘茶の中心的な美意識(思想ではなく)といってもよろしいでしょう。そうではなく、意図的に不完全にするというのが織部のやり方かもしれません。織部焼のように茶碗をわざと歪ませたりするのもそれに当たりますでしょう。彼のこうした驚くべき行動が当時の人々にどこまで受け入れられていたかはわかりませんが、かなり行き過ぎた面もあったように思われます。

そしてこの小さくなった「十文字」がどのように見えるのかと言えば、やはり内部に見られる十字の線にすごみが感じられます。井戸茶碗がどれも似通って退屈に見える人でもこの茶碗の強烈な個性には圧倒されるでしょう。「この茶碗にはいったい何があったんだ」という疑問を見る人に投げかけてくれるのです。しかしこの姿はやはり異端です。侘茶とは違う、どこか異次元からやってきた美意識のもと生まれた、という感じがします。織部焼の歪みが後世まで受け継がれたのに対し、この裁断の美というのはそのあまりの異端さ故、禁忌となって現代に至っているようです。

この「十文字」は現在日本橋の三井記念美術館にあり、展覧会の際には見ることができるかもしれません。写真だとなかなか十字の迫力が伝わりにくいので、是非この茶碗が展示される際には美術館へ足を運んでみてください。

次回は「6、始祖を両断す~流れ圜悟」をお送りします。



※2015年1月24日に一部修正を加えました。以前「井戸茶碗は小さければ小さいほど良い」と記述していましたが、実際は逆であり、大きいものほど井戸茶碗は重宝されていました。誤情報お詫び申し上げます。織部は敢えて大きいことで有名であったこの井戸茶碗に目をつけて裁断という大胆な行為に及び、自らの美意識を四に示したのでしょう。