009


















東京は葛飾・柴又へ行ってきました。

私はこの東京でも北東の県境の地を何度か訪れたことがありました。映画「男はつらいよ」を見てちょっと寄ってみたら大変な夕立に遇ってしまい、劇中に登場するとらやの原型となった団子やで雨宿りしたのは何年前のことだったか。今回は今までとはちょっと違う関心、「風土」という視点からもう一度この土地をとらえなおそうと久々に行ってきました。

柴又という場所は、浅草と同じような門前町でありますが、東京でも東京らしくない、鄙びた風情をもっております。しかもすぐそこを流れる江戸川を渡ればそこは千葉県。旧国名では武蔵国ではなく下総国ですので、半分東京でもう半分は千葉みたいな場所と言えるでしょう(こんなことを言ったら「男はつらいよ」の寅さんに怒られそうですが)。

柴又という地名はもともと「嶋俣」と呼ばれていたことが東大寺の正倉院文書などから推測され、これは中川と江戸川に挟まれた独特の場所であることを示しているのかもしれません。江戸時代までは実に下総の一寒村であった柴又でしたが、帝釈天題経寺が江戸初期の寛永年間に創建されると、多くの参拝客の訪れる門前町へと発展しました。さらには江戸後期の庚申信仰の広まりのおかげで、庚申様と関連の深い帝釈天を祀る題経寺の参拝客は倍増しました。近代になってもその土地柄から多くの文化人に好まれた帝釈天でしたが、やはり柴又をこの上なく有名にしたのは山田洋次監督、渥美清主演の映画「男はつらいよ」でありました。全48回にも及ぶ長大なこの作品は主演の渥美清の死によって未完に終わってしまいましたが、寅さんこと車寅次郎、その時代を代表する女優が毎回充てられるマドンナ役、寅さんを温かく見守るさくら、おばちゃん、おいちゃん、ひろし、タコ社長、御前様の面々などの魅力的な登場人物は今も多くの人の心をとらえて離しません。最近でもたびたびテレビでは放映されており、うちの家族はそのたびに見ています。




003

















柴又に行く最も一般的な手段、それは京成線高砂駅から一度改札を出て、向かいにある金町線に乗るというもの。この金町線は区間が高砂―柴又―金町という非常に短い路線ですが、通勤通学に観光でけっこう重宝されております。




007






























柴又駅に着くと改札前の広場には名物の寅さん像が。なんだかかっこよく作られておりますが、劇中の寅さんってそんなかっこいいものでもないんですよね~。勝手に戻ってきては家族とけんかして出て行って、きれいな女性に目がくらんでいい感じの仲になるんだけど、「いい人」止まりになってしまい、そうこうしていたらその女性が結婚、みたいなのがいつもの流れ。でも柴又の人たちにとっては英雄ですからね、かっこよくて当たり前です。




327
































駅からすぐのところにある帝釈天の参道。ここは駅からすぐ参道になっていて助かります。この日はけっこうな込み具合でしたが、私が行った中では一番空いていました。「男はつらいよ」が終わって以降柴又を訪れる客は減る一方でしたが、最近は若者を中心に観光客の回復が見られるそうです。




015


















参道入り口付近にあるのが団子屋の高木屋。こここそが「男はつらいよ」に登場するとらやの原型となったお店です。参道の両側にお店を持っています。




021
































創業は明治元年という老舗飴屋の松屋。たんきり飴は柴又の名物です。






023

















こちらも老舗の蕎麦屋、やぶ忠。大衆食堂らしき風情を持つお店です。




321


















これも柴又名物・川魚料理のお店「川千家」(かわちや)。安永年間の創業で、250年の歴史があります。建物も風情たっぷりです。





326

















柴又は天ぷらも名物。参道には何軒か天ぷら屋もありました。






164































それほど長くはない参道の奥に帝釈天の山門が見えてきました。山門は近代の再建ながら、その見事な彫り物に目が行ってしまう見事な出来栄え。




163




































158
































山門の装飾。かなり凝った出来栄えであります。





140
































鐘楼です。こちらにも装飾がなされております。「男はつらいよ」では寅さんの舎弟のゲンがよく鐘楼の鐘を鳴らしています。




145

















帝釈天の本堂。銅板葺の落ち着いたつくりです。お堂の前には長く伸びた松の木が雲のごとく本堂にかかっています。





041

















本堂の装飾です。これも近代のもので、彫った人の名前もわかっています。大変貴重で繊細な作品なので、この部分はガラス張りによって保護されており、拝観料を払うことで見ることができます。



045
































ここからはその彫り物の細部を。富山・南砺の瑞泉寺のものにも劣らない見事な出来栄えです。




046


































051




















056


































064





















088
































ここからは近代に造営された大客殿と庭園を。これらは本堂の裏にあって公開もされています。時代としては最近ですが、その美しさは見事です。




073





















079

















客殿内部の上座です。御簾がついていることもあり、皇族をお迎えする場だったのかなと思いました。床の間には滋賀県伊吹山から採った南天の床柱が用いられています。




070

























客殿からみる庭園。この庭園は邃渓園(すいけいえん)と言い、昭和40年に作られました。非常に復古的ながら、随所に面白い工夫が凝らされており、現代の名園の一つに数えても全く遜色ありません。





092

















この庭園の、ちょっと「西洋庭園」っぽい部分。芝生の使い方が二条城庭園や浅草寺伝法院庭園とは異なり、平地に芝生をずらっと敷いています。また、刈込の配置も非常に西洋的であります。




097

















園内の茶室。小間に広間が接続しております。池と接しているので通常の侘び茶室とはだいぶ趣が異なります。







104



















114



















こちらがこのお庭の面白きところ、回廊です。客殿の向かい側に細長く続いており、池の上を歩いているような感覚が新鮮です。これも近現代庭園らしい工夫と言えしょう。






109




















118

















回廊から池越しに客殿を見る。この光景の美しさに私はちょっと耽溺してしまいました。静かな池の少し枯れた感じと華やかな感じが混ざり合ったところにはとっても惹かれました。







120































兼六園の「六勝」でいえば「蒼古」にあたる部分。苔むした石にまるで自分が奥山の河川にいるような感覚を覚えます。





121

















京都の出町デルタを思わせる三角のでっぱり。そばには灯篭もついております。この人工性にはちょっと鼻につくような感じもしますが、それでも景色になじんでいます。






134































築山です。上には祠があるようでした。




129































築山のふもとにあるひし形の手水鉢。古田織部の好みであり、立ったままかがむことなく手を清められます。この水は築山から流れてきているようですが、湧き水なのかなぁ。この手水鉢は広島の上田流和風堂に入ったときにも見ました。






174































帝釈天を離れた後は、近くにある評判の蕎麦屋・日曜庵へ。このお店は金土日のみの営業という変則的な営業をとっていながら、そのこだわりの姿勢が高く評価されています。私が行った時もテレビの取材班が来ていました。





165




































172


















店内の光景。見ての通り普通の蕎麦屋とは全然違います。若者向け、といったところでしょうか。しかし清潔感があり、大変落ち着いた雰囲気でありますので、普通の蕎麦屋よりもこっちのほうがはるかに良い思う人は多いはずです。




166





















167

















こちらがお蕎麦。やはり器も違います。お味の方は細麺の味が実に洗練されており、とってもおいしかったです。しかも麺と同じく細く切ってあるねぎがまたおいしいんです。何もかもが今までとは違う新感覚、これは行ってみて価値がありました。





181

















日曜庵を出た後はこれもすぐそこ、江戸川の土手へ。ここはいつも「男はつらいよ」の最初の場面で寅さんがほっつき歩いてひと悶着起こす場所としておなじみです。高い建物がなく、原っぱに野球少年、実にのどかな風景が広がっております。





197





















213

















かつて交通の足となっていた江戸川の矢切の渡し。今でも観光舟ですが、おじさんが船頭をやっていて昔ながらの手段で川を渡ることができます。






311

















柴又で最後に訪れたのは、海外からも大変高い評価を受ける庭園がある山本亭です。こちらの邸宅は柴又にカメラ部品の製造工場を建てて財を成した山本栄之助が関東大震災後に建てたものです。東京ではあまり近代の邸宅が残っておらず、世田谷の徳富邸や根津の安田邸と並んで貴重な存在となっています。

まずは和洋が融合した瀟洒な長屋門を潜ります。




224
















邸宅の玄関です。奥にはこれから見ごろになる花菖蒲の大変鮮やかな絵が描かれております。




233





















286



































279

















邸宅の内部です。ここには鳥・雪・風、そして星・月・花の六つの部屋があります。星・月・花はちょうど庭園をきれいに見ることができるようになっています。




267

















こちらは洋間です。玄関の間のすぐ横にあります。カーテンやいすも当時のものであり、当時の流行をうかがうことができます。




282






















256




















273

















こちらが評判の高い庭園です。一方向からしか見れないのが残念であります。この庭園はおそらく庭に下りて石橋を渡りながら変わりゆく景色を楽しむのがこの庭園の趣旨だと思うので、やっぱり降りてみたかったですね~。特に水路のうねり具合や石橋の石がどういったものかは降りてみないとわかりません。しかしこの庭園は屋敷からでも景色を楽しめることを考慮して作られてもいますので、中から見るだけでもけっこうな贅沢です。



301
















屋敷の向かい側にはお茶室もありました。広間一つに小間二つ、貸出もやっているとのことです。




330































山本亭から再び柴又駅まで戻ってきました。最後は寅さんが柴又を離れるとき、さくらが見送るこのおなじみのプラツトホームの場面で占めることに。


久々の柴又訪問、いろいろと新鮮でした。家に帰ったら夜に「男はつらいよ」がやっていたのでまた家族で見てしまいました。