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信州の最北にそびえる美しい名の山、雨飾山(あまかざりやま)。

次の山を何処に登ろうかと思案するに金沢という地はあまり便が良い方では無い。どうにかするにも日帰りはし難い。出るにも大変に手間に金にかかってしまうものだ。東京を離れてしまったことの最大の欠点かもしれない。されど遠くなっても苦労を尽くして上りたいのが数寄者の山登りというものかもしれない。汗を流していけば行くほどその褒美は大きいのだ。

今年は雪解けが異様に早いので雪山であってもすでに難渋(なづ)む事無く頂点に立つことが出来る。それも考慮して近場らしき山をえらんでみた。それが雨飾山という山である。この山は新潟県の糸魚川と長野県の小谷(おたり)にまたがる1963mの山である。頸城(くびき)山塊と呼ばれる山々の一つであり妙高山や火打山などと繋がっている。火山活動を続ける焼山が途中に座している所為で縦走はできないがそれらを眺めるには良い場所だ。また深田氏の百名山選定によって大いに名を上げた山であり不思議な響きのある名もまた多くの人を惹きつける。近年は家族連れや若者の単独行も多いみたいだ。

雨飾山は公共交通機関しか使わない私には日帰りは無理なので麓の小谷温泉に一泊して登ることにした。致し方なしとはいえども今回の温泉は秘湯として知られ大変由緒深いので愉しみであった。大抵の人は雨飾山に車を使ってくるらしいが車中泊というのは中々辛いし良質な温泉に入れる旅館に泊まるのもよいのではなかろうか。





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金沢から新幹線で一時間、糸魚川駅で乗り換えては秘境路線の大糸線に乗り換える。松本-南小谷-糸魚川を結ぶ大糸線は本数が少なくて乗り継ぎには苦労するが旅情はたっぷりである。深々とした山の谷間をぬって走ること一時間すると終着駅の南小谷(みなみおたり)駅に着く。

ここからは温泉まで村営の乗合を用いなければならない。乗合は中土駅まで北上した後東に進路を変え山へと入っていく。冬は豪雪地帯である山間の地をしばらく登り民家が絶えたころになると一つの木造の宿が姿を見せる。それが今回宿泊する山田旅館である。





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乗合を降りてすぐ旅館の前へと至る。古き良き風情を残した旅館の建物は江戸時代からのもので国の登録有形文化財に指定されている。着いたのは十三時前であったが入ることが出来た。

小谷温泉は戦国時代に信州へと進出してきた武田氏によって発見されたとされる湯である。山間の秘湯ではあるが湯治のために訪れる客が多くおり大変にぎわった時代もあった。今では三軒ほどに減ってしまった旅館の内でも山田旅館は小谷温泉の歴史を見つめてきた存在だ。風格ある建物もそうだが中に入ると百年も昔に戻ったかのような空気が流れている。



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到着後さっそく小谷温泉の湯を味わいに風呂場へと行く。素木の入口からして何か期待感を抱かせてくれるようなものがある。



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小谷温泉の泉質は炭酸水素塩泉。滑らかで肌に効くと言われている。お湯は少し濁って熱めである。寝湯と呼ばれる仰向け状態でお湯に入れるものもあって独特だ。



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旅館は古いが故にあまり利便性は高くないが素木の館内はどこを見渡しても美しい。それに従業員の人たちの温かい対応や山の幸を用いた旨い料理は他では味わえないものがある。まさに古き良き本物の旅館と言うべきか。月並みな旅館が好きじゃないという人にはお奨めかもしれない。



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蔵の上で鳴いていたのはキビタキの雄。山に行くとよく鳴いている鳥だ。




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旅館の裏に咲いていたアヤメ。群生するととても奇麗。




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こちらはまだ咲いていないけどシャクヤク。山間のこの場所だともう少し咲くのに時間がかかりそう。



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裏には小堂もあった。斜陽に照らされて大変に美しい光景であった。








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5:45

次の日の朝。まだヒメハルゼミも鳴きださない五時過ぎに起床して宿を出る。旅館の人に雨飾山へ行くと言ったところ朝食を弁当に変えてくれたから早く出発できた。


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乗合の時間を確認する。十三時三十二分のものに乗る予定なのでそれまでに山を下らないといけない。

ここからまずは雨飾高原の登山口まで約五キロ 一時間を歩いて行く。



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途中向かいの山に咲いていた藤の花。藤は高木に巻き付いてこのように花を咲かせたりするのだ。




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山道でとにかく多かったのは谷ウツギとこの栃の木であった。ちょうど五月だったのでどれも花が咲いていた。栃の木の花は白の地味なもの。西洋栃の木は街路樹になってこの時期紅い花を咲かせている。しかし中々ふつうの栃の木というのは平地では見ない。栃の木は肥沃な土地を好むそうだからこの辺は豊かな森なのだろう。




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道中雨飾山の山頂を見ることが出来た。豪雪の雨飾山なれど今年は雪解けが早すぎてすでに上の方でも雪はほとんど溶けてしまっているようだ。



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6:40

ようやく登山口へと到着。すでに大勢の人が車でここまでやってきていた。歩いてここまで来たのはどうやら私一人のようだった。



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最初の方は湿地帯を歩く。近くの小川には清流を好むイワナが多く見られた。



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瑞々しい色合いをしたムシカリ。この時期の山ではよく最初の森歩きでみられる。



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雨飾山はかなり急登が多い。この前焼岳を上ってだいぶ鍛えられた体力にも少々この登りは堪えた。




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サンカヨウ

焼岳でも見かけた雪解けの時期に咲く白の花。葉っぱは蕗に似ている。



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最初の沢が現れた。雪も少し残っている。



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7:50

しばらく登ると開けた場所に出てくる。荒菅沢と呼ばれる場所だ。雨飾山は元々荒菅山と呼ばれていたようでその名残がこの地名に残っている。



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8:00

荒菅沢に残る雪渓を横切る。上の方には布団菱と呼ばれるとがった巨岩も顔をのぞかせる。



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荒菅沢が終わると急登はさらに本格的に。容赦の無い坂が頂上稜線に出るまでずっと続くのだ。



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イワカガミ

早い時期に見られる高山植物としておなじみのイワカガミ。湿った森林帯の陰でよく出会う。


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ツバメオモト

うさぎの耳のような葉がかわいらしい花。二輪だけ咲いていた。



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森林帯を抜けて見通しの良い岩場へと出る。まだ雪の残っている場所も見受けられる。




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すでに眺望がすばらしい。



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シラネアオイ

今回最も多く見られたのがなんと中々見ることが出来ないシラネアオイだった。アオイ科の芙蓉にも似た姿に奥白根山でかつてよく見られた事からその名があるシラネアオイ。本家の白根山ではもう見られなくなってしまったりと希少性の高い花である。雨飾山では熊笹に隠れるようにしてたくさん咲いており実に驚かされた。



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熊笹の陰に咲くシラネアオイ。豪雪地帯によく見られると言う。以前弘前に行ったときに寺院の境内に咲いているのは見たことがあったが野生のものを見たのは初めてであった。



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岩稜帯はどんどん上へと上がっていく。2000m未満の山とは思えぬ迫力があるのは去年上った谷川岳ととても共通している。




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あちこちにシラネアオイの株。よほどこの辺は住みよいようだ。




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シラネアオイの花弁。花弁は四つで薄紅が綺麗だ。家の近くにある園芸店にもシラネアオイの株が千円ほどで売られていたが金沢でもシラネアオイは育つのだろうか。



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岩ばかりの急坂を登る。この辺りが一番つらい場所だ。



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9:00

ようやく山頂部の稜線へと出てきた。高い木も無く熊笹ばかりの見渡しの良い場所になっている。奥に見えるのが山頂。


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これも立派だったシラネアオイの株。これだけの数のシラネアオイを見られるのは中々の贅沢だった。



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カタクリ

春を告げるカタクリの花が今頃に咲いているのは山らしい。山頂直下ではたくさん見られた。




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ショウジョウバカマ

一輪だけ咲いていたショウジョウバカマ。平地でも見られるが今回初めてお目にかかった。




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ハクサンイチゲ

夏の高山植物の代表格 ハクサンイチゲ。すでに山頂部では群生して花を咲かせていた。


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雨飾山のようなそこまで高くない山でハクサンイチゲをたくさん見られるとは驚きだった。雨飾山は種類豊富な花の山でもあるのだ。



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山頂が迫ってきていよいよ最後の登りへ。このあたりの雪はすでにほとんどが解けてしまっていた。




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さきほど通った荒菅沢の一番上の場所まで来た。ここからは真下まで沢が一望できる。



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シナノキンバイか

背は低いがおそらくシナノキンバイの咲きはじめのもの。これも夏の高山を代表する花だ。



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急坂を経て山頂へと至る。すでに登山客が何人も群がっていた。



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9:20

出発から3時間半をかけて山頂に到着。予報は曇りであったが思いのほか眺望は好かった。まだ朝食を食べていなかったので休みがてら山田旅館の方の作ってくれた弁当を食すことにする。



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ひときわ目を引く後立山連峰の山々。これを見ながらの食事は格別だ。



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左端に見えるのは双耳峰の鹿島槍ヶ岳 そしてごつごつとした五竜岳。ともに上級者向けの山だ。



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中央に見える白馬鑓ヶ岳と白馬岳。さすがに雨飾山より残雪の量が多い。夏には豊富な高山植物と秘湯の鑓温泉を目的に登ってみたいものだ。



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さらに左へと目をやるとうっすらとそびえる槍ヶ岳と穂高の姿が。



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のんびりしていたら山頂付近はどんどん霧に覆われて行ってしまった。乗合にも間に合うようにしないといけないので早々に下山を開始する。



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名残が惜しいハクサンイチゲの群落。



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下りの最中にも続々と後続の登山者が登ってくる。皆急坂に苦戦しているようだ。




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岩の間にイワカガミ。実に可愛らしい色合いだ。




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イワベンケイか

咲きはじめのイワベンケイらしき株。イワベンケイはもっと高山に咲くはずなので違うかもしれない。




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再びの雪渓渡り。足元を踏みしめながら進む。



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ようやく下の湿地帯まで下りてきた。咲き終わって葉がぐんぐんと伸びた水芭蕉があちこちに見られる。



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水芭蕉

一輪だけ崩れずに咲いている水芭蕉を発見。群生したらさぞかし奇麗だろう。




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ヤマエンゴサク

行きには気づかなかったヤマエンゴサク。紫色をした背の低い花だ。




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12:15

登山口へと戻ってきた。徒歩の身なのであと一時間かけて小谷温泉まで戻る。なんとか温泉に入る時間も作ってぎりぎり乗合に間に合うことが出来た。

雨飾山も小谷温泉も実に良い思い出になる旅であった。雨飾山はブナの紅葉で有名なのでもうしかしたらその時期を狙っての再訪がありうるかもしれない。六月は残雪の立山へと繰り出してみようかと思う。おしまい。