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7月10日。

霊夢から目覚めて見てみれば午前3時であった。夢とやらは確かに見たのだがもう覚えていない。ただ覚める間際に確かな女のような男のような何か生き物のような鳴き声を聞いた。其れは実にどうでも良い物音の錯覚だったかもしれない。だが私には来るべき行動を起こすための唆しのように思われた。今でも耳に残っている。不思議なことがあるものだ。



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(午前4時過ぎに姿を現した白山、自宅から)


どうにも寝付けずに室に灯りをともして明けの空を見る。其所には雨後の高く湿った雲の向こうに姿を現そうとする白山の姿があった。白山が見えるのはこの時期としては滅多にないことだ。そしてどうやら天候はこれからよくなろうとしているらしい。山に行くには中々良い日になるのではないか。登るなら確実に晴れだと分かっている白山が良い。それに白山へは昨日から本格的に直通便が運行し始めた。梅雨がため一か月も山に行けず鬱々とした日々を過ごしていた身にとっては絶好の機会であった。私は白山を拝んだ。

荷を詰め地図を取り五時に家を出、金沢駅へと急ぎ向かう。白山の玄関口 別当出会への直行便は五時半に出る。乗り場に着いて見ると数名の初老たちがいるのみだった。まだ梅雨時ゆえ人気ではないらしい。久々の登山とあって心は大いに沸いている。

乗合は金沢から有松の交差点を曲がり南西へ。市街地を過ぎ白山の里宮たる白山比め神社のある鶴来を通過する。此所からは知らぬ土地、痛々しい杉を植えただけの山や寝不足のねむの木が目につく。




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乗合は白峰の里で一休みをする。栗色をした家々の宿場町然として立ち並ぶ白峰の町並みは大変に美しく旅情をそそるものがあった。朝光に誘われて出てきた老人や水やりをする婦人、生き生きした子どもの姿を見るになんとも絵に描いたような場所だと思わされる。

写真は白峰地区の中心寺院、浄土真宗林西寺。戦国時代の一向一揆の時代からこの村とともにあった大変古い寺院だ。実は白山とも縁の深いお寺であり明治の神仏分離で排される危機にあった白山の仏像の多くを引き取ったのが此所であった。その仏像群は現在重文として保管されている。



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乗合は手取川ダムを過ぎ人里無い山中へ。自家用車規制の道を通って7時40分に登山基地の別当出会へと到着する。すでに好天と休日が呼んだ大勢の自家用車でやってきた登山客が集まっている状態だ。




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準備運動をしてから出発。別当出会からは二つの登山道が伸びていてどちらもそう変わらない時間で以て上に登れる。尾根伝いに目指す修験者も登った道である観光新道と沢谷沿いにゆったり上がっていく砂防新道だ。私はどちらかというと楽そうな下の砂防新道を選ぶことに。




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まずは手取川支流の川に架かる橋を渡って向う側へ。まず目指すのは山頂下に広がる花畑咲き乱れる室堂だ。此所からは5キロ以上1200mの登りを経る。


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白山の登山道は概してゆるやか。山容からも分るようにあまり急坂をもっていないので初心者でも登りやすいようになっている。登山道もきちんと整備されていて地元の人たちの努力に感謝。



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8:10

一つ目の中飯場に到着。立ち休み程度で早々に去る。



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中飯場の上では水場が。水量豊富な白山には水場が何か所もあるので助かる。のみならずこの水は山麓でも伏流水となって人々に恵みをもたらしている。そして其れが旨い酒を造るのだろう。石川県で日本酒の消費量が多いのはこの白山の美味しい伏流水が関係しているのかもしれない。



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道はだんだん高い樹木が減って向かいの山地の山容が望めるようになってくる。其れとともにあまり体調がすぐれていないことにも気づき始める。まだ風邪を引きづっていることと一昨日食べた鰤が当たってお腹がまだ痛む所為なのだろう。全く本調子ではない。途中で何度か引き返そうかとも思った。こういう事態は山頂で高山病に陥った昨夏の常念岳以来だ。なんとか痛み止めと漢方薬を飲んだところ徐々に足取りは戻ってきたが最後まで万全とは言えない状態であった。




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ヨツバヒヨドリ

平地で咲く七草、藤袴によく似た花。花の形はヒヨドリのとさかに似る。開けた高原の日あたりの良い場所を好んで咲いており霧ヶ峰では大群落がみられた。なかなかに格好いい花であり茶花の適性もあるのではと個人的に想っている。




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ゴゼンタチバナ

低地の登山道ではおなじみのゴゼンタチバナ。道脇の少し陰になった場所が好きならしい。品行方正な形でとても心癒される。


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地肌が露わになった向かいの景色。まだ標高2000m未満である。





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9:40

第二の休憩地点、甚之助小屋に着く。すでに森林限界を超えた草原が見渡せる。




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ヨツバシオガマ

だんだん高度があがってきて登山道に姿を現し始めたのがこの朱鷺の頭のような形をしたヨツバシオガマ。繊細な形をした高山植物らしい花でとても気に入っている。



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タカネニガナ

ニガナはわりと平地で雑草然と咲いているけれど高所のものは例の如く姿が花も葉も小さ目なのが奥ゆかしくて良い。ニガナ花独特の角ばった花弁も良い。


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ハクサンボウフウ(白山防風)

世に「ハクサン~」と冠する高山植物は実に多い。この白山こそがその本家なのだと思うとこれから非常に胸躍らせてしまうものだ。ハクサンボウフウはセリの仲間で格好は似ているものの住む場所はかなり違う。ちょっと筋肉質なセリに比べるとどちらが高山植物らしいかは一目瞭然だ。





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道は広い空の下気持ちの良い花畑を通り少しづつ高度を上げていく。この辺では実に多種多様な夏花に出会うことが出来た。




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クルマユリ

市販のオニユリなどと比べるとクルマユリやコオニユリは花弁に艶がありなんだか丈夫そうに見える。やはり赤いので他の花より圧倒的に目につきやすい。



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イブキトラノオ

虎の尾っぽというよりは猫じゃらしみたいだ。触ると柔らかい毛布みたいで気持ちいい。こちらはハクサンの名ではなく同じく高山植物豊富な湖国伊吹山の名を冠している。




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マルバタケブキ(丸葉岳蕗)

ツワブキをさらに野趣加えたような背高の花。なるほど葉っぱがちゃんと蕗のかたちをしている。これはちょっと日あたりがいいのか大きくなりすぎかもしれない。



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ニッコウキスゲ(ゼンテイカ・禅庭花)

お馴染みのニッコウキスゲ。日あたりの良い高原の草地に群落をつくることで知られている。とにかく花の数が多いせいか此所では崖の一角に群れるのみにとどまっていた。



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ハクサンフウロ

本場で見るハクサンフウロ。大変に数が多い。この実に安らげな形をした紫花は実に花畑を横切る登山道のほとんどの場所で見ることが出来た。



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ダイモンジソウ

ユキノシタの仲間の山野草。もう少しジメジメした岩の辺を好んで咲きそうなダイモンジソウがハクサンフウロの下で咲いていた。これは意外というべきか。




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最初に出てきた観光新道との合流点、黒ボコ岩の下には名水である延命水が湧いている。水量はわずかながら混ざり気無しの鉱物を多分に含んだ水は地下の低温で冷やされ最高に美味しかった。行きにも帰りにも立ち寄ってしまった。




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ハクサンチドリ(白山千鳥)

一瞬上り藤かと思いきやお初目のハクサンチドリ。やはり本場だけあって範囲は狭いが少なからず見ることが出来た。




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10:50

合流地点の黒ボコ岩へと到着。目指す室堂へはあともう一歩きと言ったところ。



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ようやく目的地たる山頂・御前峯が見えてきた。山頂部はあまり天気が良くないようだ。これからこの大地にかかる木道を通り一上りをすると室堂へと出る。



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チングルマ(稚児車)

何気に咲いているところは初めて見たチングルマ。けっこう早く花は終わってしまうみたいだ。チングルマは実は草花ではなく木であってきちんと毎年年輪がついて微妙に太くなり続けている。なので小さくとも何十年も生きているチングルマだって珍しくはない。そのせいかチングルマの咲いている場所は先ほどの花畑よりもしっかりとした地盤であるように見えた。



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11:10

山頂下の室堂へと到着。休日とあって大勢の人が集っていた。室堂には宿泊施設といい奥社の社殿といいどこから資材を運んで建てたのかと不思議に思うほど立派な建物が建っている。





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コバイケイソウ(小梅茎草)

室堂からはすぐに山頂を目指すのではなく名物のお花畑を周遊する。ますは鉾立の花コバイケイソウ。数は少なかったが年によっては大群落となるのだろう。



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クロユリ

中々見ることのできないクロユリの花。白山ではかなり多く自生していた。色は黒というよりもこげ茶色。花弁はしっかりしていて風雨にも容易に破れそうではない。


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ミヤマキンポウゲ(深山金鳳花)

背低くして群生する金花。室堂では相当数が多く一面に咲き乱れていた。



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ハクサンコザクラ(白山小桜)

ミヤマキンポウゲとともに室堂を埋め尽くしていた粋花。今までは部分的にしか咲いているところを見られなかったので非常にうれしい思いだ。



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ミヤマキンポウゲとハクサンコザクラの陣取り模様。何気に其こにコバイケイソウも参加している。さすがは花の名山だけあって驚くほど咲いている。



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ミヤマトウキ(深山当帰)

花畑から再び登山道へ戻り頂上を目指す。このミヤマトウキはシシウドを小さくしたような花。放射状に咲く白花は何やら秋の風情すら漂わせている。



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イワツメグサ

ナデシコの仲間の名の通り岩間を好む花。十枚に見えて実は五枚になった花弁はそれこそ高山植物の想像に違わない可憐さがある。いつぞや槍ヶ岳の槍沢上部で見かけて以来だ。



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イワギキョウ

シロツメグサ同様に高いところで岩場がお好き。キキョウというよりはリンドウに見えなくもない。



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最後の上り坂へ。この辺は2600mを超えるのでそろそろ高山病を意識してゆっくり登らねばならない。とかく常念岳の悪夢がある私はどうしても慎重になってしまう。

登山道は登山者で大賑わいであった。本格的な山の時期になると渋滞も起こるだろう。まさに蟻の白山詣でといった感じだ。








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12:10

頂上社へと到着した。金沢で日頃から白山に見守ってもらっている感謝をこめて参拝。ようやく引っ越してからの念願がかなって大変にうれしい。



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頂上は大きな岩のごろごろした広くはない空間だ。しかも東側には絶壁が広がっていてあぶない。残念ながら南の荒島岳も東の飛騨山脈も見ることが出来ない。



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展望のない中唯一愉しむことができたのが剣ヶ峰、翠ヶ池、大汝峰という御前峰向かい側の景色であった。烏帽子のような形をした白山の峰に当たる部分がこれらの三峰なのである。




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頂上で天を仰げば不思議な光景が。二重になった虹である。虹を真上に望むというのはなんだか奇異だがこれぞ山ならではである。頂上では上方だけ晴れて回りは全部霧がかっていて太陽の角度次第ではブロッケン現象が見られたかもしれない。





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13時近くまでゆっくり頂上で過ごした後は下山開始。15時半に出る別当出会発 金沢行きの乗合に間に合うように下りないといけない。雲行きもさすが午後に入って優れなくなってきた。




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黒ボコ岩に戻ったときにはもう視界がまったく効かない状態に。とはいえ行きの分はよくぞもってくれたものだと思う。



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ハクサンフウロ(白山風露)

帰りは多少時間が取れたので花畑で戯れることに。これだけたくさんのハクサンフウロと出会えるのは白山だけだろう。



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ヤマハハコ(山母子)

まだ咲きかけの秋草ヤマハハコ。紅葉の時期まで残ってくれる貴重な山野草だ。白い花が咲いているように見えるがこれは花を包んでいる苞(ほう)というもの。




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ヤマエンゴサク(山延胡索)

登山道では数輪咲いているのみだった延胡索。紫がかった釣鐘状の花が奇麗だ。




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カラマツソウ

松の針葉のようなカラマツソウ。もはや霧に閉ざされてしまった世界で太陽を待ちながら風にそよぐ様は高山の風景らしい。



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シナノキンバイ

先ほどのミヤマキンポウゲによく似た金花。花のおしべめしべが微妙に違うのとこちらは葉に切り込みが深いのが特徴。あと全体的に大柄である。豊富に流れる小川の近くで咲いていた。


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ニッコウキスゲ

黄花たちの安らげに咲き乱れる崖地。ニッコウキスゲほど群生の美しさを思わせてくれる花はなかなか無いだろう。


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キヌガサソウ(衣笠草)

和国の貴婦人、キヌガサソウ。まさかお目にかかれるとは思わなかったがついにこの希少な花を見つけることが出来た。キヌガサソウは日本にのみ生息しその中でも白山や白馬岳でしか咲かないそうだ。特徴はその圧倒的な存在感。一輪を咲かせるのにここまで我を主張する花は他にいまい。まさに衣笠のような大きく四方に広げた葉はこの花の別格の威厳を大いに顕していると言えよう。このキヌガサソウはお花畑の一角の少し日陰になった場所で数えるほどの株のみが咲いていた。




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こちらは上とは別の株。とかく巨大で幅をとるキヌガサソウはなかなか生息地を伸ばしずらそうな気配がする。消えもせず盗られもせずけなげに花畑の隅に生きる貴婦人のちょっと派手だけど粋な生き様には大変な感動を覚えたのであった。



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エンレイソウ

キヌガサソウと何か親和性のありそうな大きな葉を広げた黒花。葉がなんとも品を漂わせていると思ったらユリ科の仲間だそうである。黒花とは珍しいがこれとは別に白花もあって上高地で見ることが出来た。


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13:50

花畑を下り此所からは退屈と疲れの下りへ。戻るべき別当出会は下の方に小さく見えている。




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オトギリ

山では登山道でよく目にするオトギリ。雑草めいて頑丈そうである。




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サンカヨウの実

蕗のような葉を持ち雪解けの登山道に白花を咲かせるサンカヨウ。実生すると青く成る。食べると甘酸っぱくて大変美味しいそうである。


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ツタアジサイ(蔦紫陽花)

木肌が見えないくらいにまとわりつく生命力あふれる花。蔦状のガクアジサイといったところだ。似た花にイワガラミという花があるのだがあちらは岩盤を好んで咲く。去年のこの時期箱根の強羅公園を訪れた際には巨大な一枚岩を埋める立派なイワガラミを見られたのが記憶に新しい。



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シシウド(猪独活)

どちらかというと秋花のシシウドはまだ咲いていないものが多かった。ちょっと頭の鈍そうな大男の首をもたげるように咲きだそうとするシシウドには妙な笑いを覚える。



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途中大量の小学生集団に歩調を乱されながらも(白山は子連れで登るには適している)なんとか時間に間に合って別当出会に到着。乗合に乗り込んではめくるめく変わる景色をぼんやりと目に移しながらこの疲れをまどろんで楽しんだのであった。



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最後に。白山麓の白山温泉永井旅館。秘湯を守る会にも入っていて古い旅館風情を感じさせてくれる。珍しい重曹を含んだ温泉も好評だそうだ。室堂で一泊するよりも今度はこちらで一泊してみたい。雨飾山に登る前に泊まった小谷温泉山田旅館もそうだがこういう山間の温泉というのは旅情大いにそそられるのだ。

というわけで初めての白山登拝は危なげな部分もあったが無事に終わった。自分にとっての白山は一度登っただけで終わるものではなく、家から白山を拝み白山が自分を見守り続けている限りずっと縁が切れないものと思っている。だからまた上りに行くだろうし花の楽園の表情を変えた姿も見てみたい。またの再訪を期待したい。

追:今月は雨天に隙あらば一泊で白馬岳や剱岳を登るつもりである。白馬は鑓温泉からの雪渓と花畑を期待したいし、剱岳ではこの大名物を前にして自分がどういう感慨を持つのか楽しみだ。