005
























たまにはお茶の話でもしましょうか。

まずは一服差し上げましょう。菓子は着せ綿ですね。もう九月の重陽です。わしゃわしゃした頭の花を見ているとフジバカマを思い出します。

そのお茶碗ですか。すいません。暑苦しいですね。本当に。夏だというのに筒茶碗。私は何もかもお茶の事は忘れていくようです。黒織部です。菊の花が描かれているのでちょうどいいかと思いまして。さりげなくですよ。さりげなく。

全く何から話していいものですか。そうですね。最近私はまた茶道が嫌いになりました。なぜだと思いますか。当てて御覧なさい。夏目漱石みたいですね。「当てて御覧なさい」だなんて。否、私は好きだったのです。本当に。でも嫌い。破綻したわけじゃありません。全くの破局ではないのです。現に当所はまだ持続しているのですから。

茶道嫌いという現象。私は病に罹ってしまいました。でも勘違いしないでください。これは私が色々一生懸命考えた結果なのです。茶道が嫌い。人間関係とか、でしょうかね。じめじめしてますから。あとは権威とか。お金がモノを言いますからね、茶道は。

根幹的な話になりますと、原因は私自身が変質してしまったことにあるのかもしれません。純粋に茶道が好きだった自分。短期講習会に行った頃にはまだいました。4年ぐらい前ですね。あの時は茶道というものに粋を知ってやろうと、とても意気込んでいました。

当所の変遷を見ていますと二年くらい前から茶道の話題が減っています。代わりに日本文化と題されたものが増加し出します。此所で私は「純粋な日本文化」というものを探そうとし出しました。「純粋な日本文化」というのは何でしょうか。川端康成はそういうものを志向して小説を書いていました。日本人の感性とか、純日本的な美意識、とか。日本の美しいもの全部ですね。「美しい」、川端の口癖でした。私もきっとゆくゆくはそういうものを汲み取る気で日本文化を知る旅に出たのでしょうか。

結果として茶道というものが相対化されました。茶道がどうやって造成されたのかや、その美意識の土台なども垣間見ることが出来たと思います。今も勉強中です。禅とか、能とか、和歌とか。その結果として一つの実感を得ました。茶道というのはとても流動的で、時代によって色々ある。しかしながら今展開されているのは形式ばったまるで面白くない家元礼賛の茶道。それが本当の茶道か。疑念です。此所に来て、私は既成の茶道に対して反感を覚え出しました。

私はよく先生方が自慢しているあの花押という奴が本当に好きではありません。とてもいけないと思います。この箱書きにあるのは牛尋斎の花押で、この軸にあるのは即中斎の、ってよくお道具自慢されますね。でもそれは虚飾なんです。権威というものに裏付けされただけの。意味なんてありません。私はそれを聞いている陰で笑っています。なんなら私が上から黒塗りして消してあげましょう。毒されてはなりません。真を見ねばなりません。これは私の独り言です。世迷言であります。

一年前くらいからは旅行とか、温泉とか山のことも書き始めました。全然日本文化とも関係ないことを書いています。それらは日本という土壌に関する話題です。人が行き交い、住むような場所についての。私にとってこれは大いに意義のあることです。想像力、そして創造力が膨らむからです。たとえば温泉地。其処には魔力があります。死をひたすら延命する老人たち、訳ありで独り長逗留をしている若い女、若くして精神を病んでしまい療養に来た挫折した社会人。彼らは温泉という力を求めて一か所にやってきます。何が起こるでしょうか。会話があり懸想があり。人間のすることです。汚いこともきれいなことも全部あります。今も想像してわくわくしています。

私は今日に至って日本文化というものを真っ向から否定してみようかと、そんな風に考えています。私は左じゃないですよ。右でもありませんが。茶道も含めて、少し日本文化というものは硬直しています。そして新たな視点を求めています。私はそのようなものを提供してみたいのです。此所に二人の異国の女がいます。一人は北の女で名を恵美里、もう一人は南の女で名を美衣奈と言います。二人は裕福で意気投合し、全国の美しいものを巡り、討論によってそれらを否定して見せます。奈良では二月堂の諸仏を嘲笑い、伊勢では内宮の鳥居前で天津神を散々に貶し、平泉では金色堂を悪趣味と言い、日光では徳川を呪詛します。彼女たちが代わりに愛するのは「昔の花」です。昔の花。牧谿の墨絵に描かれた芙蓉や光琳の燕子花。もしくは彦根図屏風や松浦図屏風に出てくるような生き生きした美しい人たちの肖像。今の花は皆けばけばしくて、いつ咲いても同じみたいだけど、昔の花はいつまで経っても瑞々しい。そして彼女たちも昔の花のように生きたいと、そう決意します。

昔の花、それは過去りし日々への憧憬です。否、そうではなく今は醜いものばかりであるけれど昔はもっと素朴で美しかったのでしょう。実はそうしたものは現代に再構成することができるのです。文筆や絵画、音楽といったものが担い手です。当所というのは私にとって一つの戦いの記録だったように思えます。私には少し決心が着きました。「昔の花」を描く。私の生きる目的です。

当所はもうしかしたら近いうちに無くなるかもしれません。名を変えるかもしれません。まず茶道のことを扱うことはなくなるでしょう。私はそれで良いと思っています。さてどうなるでしょうか。もしよろしければもう少しお付き合いくださいネ。