当所をご覧の皆さまへ


このたびはお越し頂きましてありがとうございます。ずいぶん前から此所にお越しいただいている方も中にはおられることと思います。私です。マボタン亭主であります。

今日私は皆さまに対して重要なお知らせをいたそうと思い、この記事を投稿します。

皆さまは薄々気づかれていたかもしれません。私という人間がまったくもって身勝手で、無責任で、何を考えているか分からぬ者であるものですから、少し気の触れた人なんじゃないかと、たぶん私のこの一年間投稿してきた記事を見てこられた方はそうとらえられたかもしれません。本当に書いていることが支離滅裂で、統一性が無く、皆さまを振り回し動揺させたろうことを申し訳なく思っております。私は本当に自分語りが下手で、といより仮面をしているほうが心地よかったので今まで身の上の事について表明することを控えてきました。しかし、もう嘘をつくのは止めようと思ったのです。私はこの際出来るだけ率直に今の状態というのを表現してみて、私自身何が生まれてくるのか期待してみたいのです。
今まで自己を封印せよ、と自分に言い聞かせてきた戒め、それを破ることにします。破戒です。これからお話いたしますことは茶道とも日本文化とも、ましてや日本的なものともかかわらぬごく個人的な事象でありますが、お付き合いいただきました返しの義務として、贖罪のようなものとして受け取っていただければ幸いであります。

まずですが私は今大病しております。病名としては①「癲癇」②「鬱病」、そして③之は病気ではなく障害のようなものでありますが、幼児期からの自閉的性質。この三重苦と戦っています。定期的にかかりつけ医に診療を受け、毎日多量の薬を服用しています。

私が今年二月に書いた上州四万温泉を舞台にした記事「四万の生と死」では明らかなうつ病患者の見た世界の様子が顕示されていまして、このころからまぎれもなく精神を病んでいました。たぶん今年の記事に関してはほぼすべてに何らかの形で病気を暗示する文句が見いだせるのではと思います。



①癲癇は約3年前に発症しました。朝大学に行く途中卒倒し、搬送された先の病院で明らかな脳波異常が認められ、現在に至るまで錠剤を服用しています。薬がないと意識が朦朧とします。特に朝は危険であり、先月も朝食の最中に意識を失いました。どうも引き金になるのは精神的動揺のようです。薬を服用していれば全く普通の人間になります。ただ危険なので自主的に車の運転は諦めました。私の癲癇は最も軽い部類のものであり、しかもこの病気は青年期に起こりやすいものとされ、30代になれば収束する可能性があるそうです。今は現状維持という形で気を抜かず過ごしています。

②鬱病は今年3月に病気認定されました。二年程前より体がだるく、よく風邪を引いておりました。私の夢であった教職の免許を取るための課程が思いのほか難航し、失敗を繰り返しまして、また英米文学の勉強も行き詰まりを見せて来ました。私は英語の教員になりたいがために英米文学を専攻したようなものですが、英語の出来は致命的であり、論文が書けず、さらには私の落ち度から必修である教育実習を受けることができず、夢は彼方に消え去ってしまいました。去年の五月のことでした。私はこの事件をきっかけに明らかにおかしくなりました。研究会の仲間と次々衝突しては絶交し、ついには教授ともめごとを起こし去年9月自ら大学を辞去しました。うまくいっている皆が憎らしかったです。私は自傷的になること甚だしく、ついには自分という人間を放棄して仮想の人間として生きていこうとし、小説家 麻川緋鳥を名乗り、自己の分身 堀川葵もしくは塩尻善助を作り、またアイヌ人 知里恵美里、琉球人 新垣美衣奈に自己を仮託するなどして現世逃避を図りました。温泉巡りも山登りも趣味としてはやりましたが功を奏さず、私は今年に入って半狂乱状態になったのです。発狂、気触れの誕生と申してもかまいません。運よく、私は名医に出会うことができ、その先生に全信頼を置くことでようやく一歩前に踏み出せました。私は3月に鬱病患者となりました。それと同時に金沢に引っ越し自分を内省することにもしたのです。それから今日まで金沢と東京を往復しながら病気療養を取っています。今は精神的にも身体的にもだいぶ楽になった分、③の問題が大きくなりそちらの対処に追われています。自分ではもうすでにうつ状態は8、9割がた抜け出たのではと感じています。

③仮称として「自閉的性質」と銘打ちましたが、之はだいぶ語弊があります。私は自閉症ではありません。ただ幼少時、小学生ごろからですが、意思疎通が苦手であり、また一つの物事への異様な執着がありました。勉強は少々出来ましたので低能未熟ながら大学にもずいぶん通いました。大学という場所は好きなことができる反面、社会の縮図的なところがあって社会人養成所としての意味合いもあります。そんな鋳型に押し込まれるような部分、就活や研究会、必修科目の履修などがまさしくそれですが、とにかく嫌でした。というよりそういう社会的な性質を私は好みませんでした。できれば独りで指図されずに好きなことに没頭していたかったのです。なので私は大学に対して反抗的でした。そういう態度が祟ったのか、教職課程も取れず、大学は一度卒業しましたが、もう一度入りなおしておいて退学しました。これらの事象の中に、どうも軽い障害のような、俗にいう「カウンセリング」が必要な問題点があったようです。之を病気や障害とは安易に捉えられませんが、原因が判明し中学生の時に受けた心理的外傷が根本にあったみたいです。私は大切な人の死に遭遇してしまい、それ以来自己を閉ざしがちになってしまいました。都合の悪いことがあるとすぐに心を閉ざす癖は今もやみません。最近ではその死のせいか、人の死について異様に執着があります。悲惨な死を遂げた人々の心象を想像して、とにかく、それが止まらないのです。なぜ犠牲にならなければならなかったのか、どうやったら死を回避できたのかとか、だれが責任だとか、悲しみと憎しみが増幅していくのです。異常なこだわりです。今は家族と協力して、精神的な訓練を実行しています。どうやったら感情的にならず理知的になれるか。どうやったら不都合な他者や事実を受け入れられるようになるか。どうやったら思考の過多を減らせるかなど。実に課題が多いです。現在私は小説家、執筆家を名乗っていますが、実質無職です。これから真の職業家、お金をもらって働く人間になるものとして、その姿勢、行動が大きく問われています。私は正直いろいろな部分で大人になりきれていないのですが、その部分を一刻も早く改善しないといけません。ちょっとできるかはわかりませんが、絶望せず、自殺しようとか思わず、笑いを忘れず生きようと思います。


私の病の全容はざっとこのようなものです。私は虚飾を行いませんでした。はっきり言って本当に毎日が辛いです。

そしてもう一つ。これから先のマボタンについてお話します。決心をつけました。マボタンはおしまいにいたします。総括の記事を一つ仕立てますが、もうそれっきりです。

なぜおしまいにするか。それはマボタンが茶道という枠に収まりきらぬほど拡大してしまったからです。私という人間の興味はそこまで肥大化してしまったのです。もはや日本文化よりも大きな、普遍性について語ろうと極めました。それにマボタンつまり幻の短期講習会は形骸化してしまいました。短期講習会の仲間で共同管理のつもりで始めた当所はもういっぱしの分類不明のブログにまでなったのです。こういった状態を鑑みて、いずれはおしまいにするつもりでした。マボタンは脱皮して、新たな名を得ます。

以降当所は「恵美里と美衣奈」と題して、対話形式を基本とした人物仮託で成り立つ記事を創る場といたします。

主題は日本における「真善美」についてであります。
真善美、この言葉をご存じでしょうか。どんな文化においても理想とされる人間真理の三つの相のことです。真は人間の認識できる次元における事柄の本質そのもの、善とは宗教、政治、個人的信条など則るべきところは色々ですが、その掲げる倫理論理において善いと主張されるもの、美は審美という美醜を見分ける行為において美しいと分類されるもの、ということですが、なにしろ真善美なのです。この三つは三位一体です。私はマボタンにおいて美だけを考察してきたのですが、それでは足りぬと思いました。たぶん真善美を同時に追求するというのは、国家的、民族的使命だと思います。それを個人が行う、というのはある意味英雄的行いかもしれませんが、私はその英雄的なものを実行したいと、ささやかながら思っております。真善美は有機的に連関して初めて民族的、国家的発展を可能にするでしょう。私はその担い手になる夢を持っています。

真善美の象徴、それをどう具体化するかというと、題にもある恵美里と美衣奈という人物が毎回様々な事象を肴に討論するのです。この二人は完全に対照的な人間です。私が今考えている言葉でいいますと、
恵美里は「不動明王的人間」で、美衣奈は「観音菩薩的人間」であります。前者、不動明王は憤怒の表情をし、光背に炎を抱き悪を焼き尽くします。「不動明王的人間」とはすべてを火で燃やす、つまり批判的に考察し、あるいは否定し、より真実に近いものを取り出そうとする人間です。そして後者、観音菩薩は慈悲の表情をしすべてを柔和に受け入れる包容力を持っています。「観音菩薩的人間」は物事を無条件で肯定し受け入れる態度を貫き通せる人間のことであります。この二人を対置させ、日本全国を旅させることといたします。今すぐ思い浮かぶ素材としては、神社仏閣、山、温泉、仏像、日本絵画、近代文学、音楽、仏教などの宗教全般、教育、西洋哲学などあります。もちろん茶道についてもかなり辛口にですが恵美里が突っ込んでいくでしょう(乞うご期待っ)。政治や社会情勢につきましてはまだ直視できるほどの力を有していませんが、いずれ右にも左にも属さない独自の目線で切り込んでいきます。私はまだ26歳の若輩者ですが、英雄的精神を大いに好みます。批判も恐れず自分の生きる目的を全うして参りたく存じます(去年12月から受け付けていませんでしたコメントは解放します、どうぞ御書き込みください)。

語り残したことは多いですが、あとのことはマボタン最終記事に回すことといたします。主題は「茶道と人格形成の教養」であります。私という人間が茶道によっていかに形成されたか、そしてマボタンの成立と歴史について語る予定です。最後までご覧いただきありがとうございました。