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上野の薮蕎麦。

うどんのような田舎蕎麦を食した後で、之を食べに行きたくなった。

曰く、噛まない蕎麦は、有り難い。

辺境の太麺蕎麦を愛好するものは、よほど畜牛の如く大らかなのである。

喰う間も惜しい人間は歯を使役する暇など無いのだ。

蕎麦の出るまで7分、店を出るまで3分。江戸前蕎麦は有り難や。




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(不忍池弁財天。茶人畠山即翁が此所で茶会を催した。)

薮蕎麦を出ると其処は上野とはいっても台地が下の下賤な店街。人は溢れんばかりに多く、殴りかかってきそうに剣呑な具合。

下へ行こうではないか、下へ。水は低きに流れる。では水の様に身を任せたら一体私は何処に行きつくのだろう。

此処に言う下とは、西である。国鉄が高架下を潜り、アメヤ横丁の色めいた眼の持主たちを避けて横切る。上野公園の入口の坂では骨喰と物見が片寄せあって慈しみ合っている。右か左かしれない主張を安紙切れに書き殴ったぼろ車が二三台留まっているのが私に苦笑いを催させる。

屏風のような安旅館街の脇をすり抜けると不忍池に至る。都会には見出しがたい広い空が眼に映る。秋田藩士小田野直武が描いたかの不忍池図にありし風情がいまだ何も蚊もは失われていないことを見出して満足気である。

縁日が如き喧騒の参道を通り弁天堂に至る。弁天の様な神は実に一もいらぬという主義の持主であって、今は観世音菩薩の懐に抱かれていたい気分の私は、しかし大原極楽往生院の阿弥陀仏が脇侍のかのわづかばかりに前のめりになった姿勢そのままに弁天を拝したのである。賽銭箱の前では皆人は何の神に祈っているのかもわからずに、さもあり難そうに列を作る。彼らと違って私には神仏に遣る金も並ぶ時間も惜しい。だから金は一円も遣らない。心の垢ならいくらでも呉れてやるが。






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(枯れた蓮の埋め尽くす不忍池。冬の風情。)

弁天の裏から池之端へと出る。今日はまことに愚物俗物が多い。池脇では柳が人面をせせらわらうが如く揺られている。粋人は其れただ独りのようである。

例の如く池面は蓮だらけである。そして蓮の繁茂しないところでは北方から越冬しにやってきたかもめやら金黒羽白やらが終結していてにぎやかだ。





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(根津のくし屋、はん亭。区画整理で一部が削られた。)

池之端からは北上して道行くままに根津を目指す。下の下の下。どうやら私は根津権現のほうへと吸い寄せられようとしているらしい。

西には一段高くなって本郷、東にはやはり坂を上がって高級なほうの上野(美術館群)、北東に谷中である。南の湯島に行くにも上がる。目線の同じなのは北の千駄木ということだ。だからこの溝みたいになって南北をゆくつまらない道が私の流れ行くべき下方のようだ。そして私は北を目指す。



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(根津権現の仏閣じみた感じのある随身門。)

根津権現に至る。矢張、愚物の多い事。

時期は七五三である。お手前の家宝を、馬子にも衣裳、誰とも知れぬ神の下に晒す。家の馬鹿息子、娘が今日親に強いられてああ外にも出たくないのにだぼだぼの和装をさせられる。親のゆがんだ自我(えご)。そんなものは誰にでもある。真に微笑ましき光景かな、有り難し。

この神門を潜るものはたいてい皆、信仰の姦通者。玄人の一日幾人に身売りするのは結構な働き者だが、手を合わせるべき絶対者の一ならざるのはどういう訳だろうか。卑屈。帰依すべきものが、双つも並ぶことは非常に信念としてお困りになるのではなかろうか。真宗で盛んに言う安心(あんじん)とは、絶対の信心を人に与えるものだ。心の安息をもたらすものが、たった一への信から来るならば、絶対信心とは万人に必要だと思う。その一を、持つべきだ(私は今敢えて捨てているが)。この神門を潜るものに是非教えてあげたい。




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(藩政初期の横に伸びるおおらかな風情のある社殿。薄曇りの空の所為で銅板葺の屋根がよく見えない。)

根津権現は神様としては信ずるものではないが、境内の風情は真に気に入る。漱石がこの辺に住んでよく散歩したというから、何度も此所には訪れている。

根津権現に来ると、境内を一巡りしたのち、神門前にある一枚岩に腰かけて、読書をする。先刻まで続いていた漱石の『明暗』は完遂してしまったので、暗礁に乗り上げていた『猫である』を山葡萄のかばんに忍ばせていた。読んでいるのだが、隣の親子や徘徊老人らの会話の所為であまり頁が進まない。境内ではひよ鳥までも五月蠅い。

『猫である』に曰く、インスピレーションとは逆上(地を逆に巡らせること)に他ならない。そして人為的逆上は可能なのだそうで、古来名望家たちが逆立ちしたり腹這いになったり様々な方法で逆上を得ようとしたのだと。もし之を科学的に証明できるものがあらば大変な手柄である。無論人為的逆上など、全く的を得ていないのであって其処が『猫である』流の諧謔だ。私はそんなくだらないことを真面目に考えたことが無い。その点ではまだ甲と乙でいえば、私は甲ということだ。



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(時期遅れの境内の紅葉と回廊。)




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(黄葉はだいぶ地に落ちてしまっていたが、いまだ染まり切らない葉もあった。)

去年も根津権現には紅葉を見に来た。

今回は別に之が目当てだったわけではない。ただ下の下の下へと上野から流れ着いたのが此所だったのだ。

期待などしていなかったけど、存外にまだ魅せてくれるものがあった。



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(根津の窪地から高まった谷中に出る坂の一つ。隘路になっていて雰囲気がある。)

根津権現を出て、谷中へと出るために上へと上がる。

何処に行くつもりではないが、とりあえずは駅を目指す。





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(寺町と向うに見えるヒマラヤ杉、駄菓子屋。直進するように進むと谷中霊園に至る。)

谷中の寺町に出る。右に行けば上野桜木、そして忍岡、鶯谷の駅に至る。左に行けば谷中の霊園、日暮里の駅だ。

気分で進んでいるうちに、結局日暮里に出た方が近くなってしまった。これでは随分な長散歩だ。今日は結構歩いたがお気に入りの茶の大島紬はまだ全く着崩れていない。まだまだ歩けるということだ。





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(谷中、あけびの生垣のある家。)

寺町には程度の差こそあれ、整った前庭を持った寺院が多い。わざわざ仏を拝ませてくれようと門を何処も開いている。さざんかや柊、西洋菊がこじんまりとした庭を荘厳する。心地の良い歓待である。出来るならばひとつづつの仏を拝してあげたいものだ。





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(谷中の夕焼けだんだん。)

私は谷中霊園を避けるようにして北上し、谷中の中心街、谷中銀座へと至った。本当は先刻千駄木から谷中銀座に入った方がはるかに近かったけども、此所に来るつもりは無かったのでご愛嬌ということで。




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(猫にやさしい街、谷中。)

谷中銀座の入口ではちょっと探せば簡単に猫が見つかる。大漁の日もあれば、誰にも遇わぬ日もあるが、今日は以前に御尊顔を拝見したことのあるはっちゃん猫がひなたぼっこしているのを見出すことが出来た。之で私も満足して日暮里の駅から家へと引き上げていったのであった。

余談、帰りは八重洲ブックセンターに寄った。この祖父が通い詰めたというかなり不便なところのある書店では、長澤芦雪の画集と、川端康成、ドストエフスキイの本を買った。近頃は金欠で目がくらみそうだ。でもちょっと元気。