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神田のまつや、蕎麦が旨い。

風味はそこそこだが食感が最高である。何度も来ているがそんなに美味しいと思ったことは無かった。

大衆食堂めいた空間で落ち着きがないところで、蕎麦の味など覚えていられないから。

だが今日は実に良い体験をしたと思う。こんなに旨かった試しはない。




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(外観も気に入るまつやの建物。)

外に出ると其処は味気ない都会の真ん中。私は何処にいるのだろう。

今日は神田駅から始まって秋葉原、御茶ノ水、神保町、そしてまた神田と言う具合にだいぶ歩いて一周するつもりだったのである。

着物は着付けに失敗し、すぐよれる。羽織の上にコオトを着ていないがそんなに寒くない。服はよいあつらえだと自慢したいが、顔のほうはどう繕えばいいかわからない。自然と難しい顔になって眉間に皺。怒っているわけじゃない。ただ世界と私の距離感が分からないだけだ。

まずは北上し、秋葉原を目指して歩く。


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(万世橋。神田川を経て秋葉原に入る。)

電化製品の小道具を売る高架下に出るともう万世橋。色彩の無い摩天楼から、いきなり極彩色の空間が見えて、実に奇異である。

可視化された欲望。人は秋葉原をして聖地と呼ぶそうであるが、私にとっては聖書に出てくるソドムを連想させる。誰がソドムに怒り、之を滅ぼすのだろう。不健全な都市に罰が何時まで経っても下らない。とすれば神など存在しないのであると、軽率な人は考えるだろう。でもその神とは人の心の清きに映るものだから。

私は喜んで橋のそちら側へと渡り、秋葉原の人々を観察してみることにした。



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(紅葉の残る電気街。)

実はこの秋葉原の街にあるものの面影を探し求めに来たのである。

その名は「東方プロジェクト」。ちょっと古風なシューティングゲーム発祥の美少女賛美教である。美少女であり、ゲームであるから、無論秋葉原の扱うべき事象であってしかるべきだ。この「東方」とは現実ならざるもう一つの世界のほうで、大変に高名であって、白状すると私も最も愚かだったころに知ったことがあった。

この「東方」は音楽が大変に秀逸で、実は今私の中で再評価がされている。全くいかにもオタク的かつ、閉鎖的な世界観を具現化した娯楽なのであるが、それを私はベートーベンのピアノソナタ、バッハのブランデンブルク協奏曲と一緒に慰めに聴いている。享楽的な印象なのにもかかわらず、天才的な音階が耳から離れない。中には感傷や旅愁を感じさせるものや、狂気や諧謔を徹底させたものなどがあって芸術性を強く感じもする。最も一般向けなものとして、ちょっとベートーベンのピアノソナタ15番「田園」っぽい曲である「遠野幻想物語」はあまり抵抗なく入れるものだがらもし興味があらばと思い下に挿入しておく。


 

遠野幻想物語 シューティングゲーム「東方妖々夢」より


話を元に戻すと、私はこの「東方」の現状を確かめに秋葉原に赴いたわけである。此処には同人制作とか二次創作といって、作品を愛する好事家たちが作った書籍やら数々の商品が並んでいて、目に見える形で、どの作品が人気があるのかということが分かるのである。実に零細な分野であって人々はその小さな供給のために最大の欲望を行使しに、このソドムの都に乗り込んでくるのだ。とはいえ、その供給とやらも実はかなり過多状態なのではと思う。全くよほどの通でしか知らないような作品がきっと膨大にあるのであって、「彼ら」はそれらを手に余るほどに抱えているのだ。

その中にあって「東方」の現状はどうであったか。まず「東方」の最盛期とは、7,8年も前のことだ。もう20周年を迎えてしまうくらい息の長い作品なのだ。そして視察の結果を端的に申せば、「時代遅れ」になりつつある。秋葉原の流行はあまりにも速い。年単位でも、月単位でもなく、日単位でモノは動いている。「東方」は供給が枯れつつあり、それに引き換え膨張する需要を賄いきれなくなった。保守が跋扈する中で革新を打って出る素地がなくなり石化しようとしている。外界的には「東方」ほど天才的で衝撃的な作品はないだろうけども、上手く欲望に取り入った商業由来の作品が「彼ら」の流行を得ている。「東方」は相変わらずもう一つの世界のある人口密集する場所においてはその顔ともいえる存在であるが、現在進行形ではなく、もうすでに古典化しつつある。現に私は「東方」の面影を秋葉原に殆ど見いだせなかったのだ。

私は秋葉原の街が生々しく蠢く存在であることを再認識させられた。そしてそれはまさしく人々の欲望を映す鏡なのである。そして今の鏡に私の知った面影は無かったということだ。




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(青空の下の神田神社拝殿。)

ソドムを経て、裏手から神田神社へと上がる。秋葉原から明神は本当に近い。此所も久しぶりだ。

神田神社の祭神、平将門の力強さを体現したかのような朱塗りに銅板葺の権現造りの社殿は私に恐るべき印象を焼き付ける。将門の首。彼はまだ生霊となってこの穢土(えど)の地に居座り続けているのである。やはり神の内でも御霊の持つ力というのは、道真公もそうであるがすさまじいものがある。私は死ぬときに恨みだけは抱えぬようにしたいと常々思う。

境内には全然緑が無いのが寂しい。私は緑のことを考える。最近早くも家近くでロウバイの花が咲いた。あの香りは早春を思わせるから好きだ。あと枇杷の花も咲いた。あれは香りがものすごく甘い。遠くまで届く。たまに街路樹になっていて吃驚する。今は山茶花ばっかりだ。あれも息の長い花だからこれから3月くらいまでは見られるだろう。



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(湯島聖堂の大スタジイ。)

神田神社から南へ。御茶ノ水を経て神保町。

聖橋を渡る。湯島聖堂に至る坂に情緒がある。ニコライ堂には至らずに右折し、御茶ノ水の楽器街へ。

右に明治大学、左に日本大学。なんだか緑が無い。私のいた大学は構内が広く銀杏やら楠やら沢山あったのを想うと分けてやりたい。

微妙な下り坂。交差点に出ると神保町の三省堂。此所から古本屋街である。




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(日の当たらない時刻になった神保町。)

午後三時。私の真剣勝負が始まる。

古本は安ければよいものではない。掘り出し物は今回こそ見出す。

私が何を買ったか。


浦上玉堂 画集
 (玉堂の絵は全然わからないからこれを機にと思った。)
蕪村句集
 (蕪村は絵が好きなので俳句のほうにも興味が行った。)
大江健三郎 M Tと森のフシギの物語
 (大江の奇妙な物語は私の書きたい小説に通ずるものがあった。)
夏目漱石 日記
 (漱石は何時読んでも癖になる。次は句集を買いたい。)
ゲエテ 西東詩集
     イタリア紀行 三冊
 (ゲエテと言う人の感性は私と親和性があるように感じた。)

計七千円。画集が高すぎたが、個人的には納得いく買い物だった。



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(神田の駅はもうすぐ。)

陽が沈みゆく。午後4時。

着物もだいぶ歩いたから皺が寄った。神保町から東に15分、歩いて神田の駅が見えてきた。この3時間強の円を描く散歩も終わりを迎えた。

今日も何も生産しなかった。だが日々は有色なだけ有り難い。しばらくは楽に生きよう。御終い。



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追記。

いつもの着物。だいぶ下手に着たのでしわが寄ってしまった。茶の大島紬。



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拡大すると大島紬特有の細やかな織が見えてくる。光沢があり高級感もある素晴らしい品である。


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新しく買っ(てもらっ)た大島紬はこれ。こちらはさらに素晴らしい仕事をしていて、柄もさらに細かく、三色も入っている。これから仕立ててもらう。こちらは普段着ではない。これからの完成が待ち遠しい。