IMG_0156


















久々にお諏訪様詣りをやる。

日帰りで行こうと思ったがそのような体力も無くなったので、下諏訪温泉に一泊した。諏訪はもう七度目である。お諏訪様には結構参拝した。今回はお諏訪様に一日も早く馳せ参ぜよ、とお呼ばれされている気がしたので、松の内が明けて人の引いた頃に詣でることにした。




IMG_9968
















(勝沼より見る白根三山、上方中央の三つの白い峰は左から農鳥岳、間ノ岳、北岳)

諏訪へは新宿からあずさ号で行く。不断は南部線の立川から中央本線を使うのだが、もはや鈍行は疲れるというほどに老け込んでしまった。日程は二日間で両日とも快晴。あずさ号の車窓は真冬の澄んだ天候のおかげで抜群であった。あこがれの山々、特に八ヶ岳と白根三山は温泉も目的ながら今年こそ登ろうと思う。



IMG_9971


















(白根三山の左には二つの白い山、赤石岳と悪沢岳)




IMG_9973


















(甲州市付近、中央右の小山は塩ノ山)




IMG_9989




















(韮崎付近から望む富士山)


IMG_0004


















(新府付近からの鳳凰三山)







IMG_0002

















(秀麗な男山、甲斐駒ヶ岳)




IMG_0012


















(雲一つない八ヶ岳、雪が非常に少ない)



IMG_0024


















(上諏訪駅すぐの手長神社、土着神を祀る)

11時過ぎ、上諏訪に着く。空気は冷えているが日光の所為で温かい。というより暑い。首巻も外套も要らぬぐらいだ。上諏訪では二時間ほど歩く。名所めぐりをやるのである。3キロほど歩いただろうか、手長神社、温泉寺、片倉館、真澄酒造、貞松院、上諏訪駅と回った。



IMG_0027

















(美しい木造は神の気を感じる拝殿)






IMG_0029


















(末社の去年建てられたばかりの御柱)

諏訪のお社様には殆ど御柱という大きな柱が周囲に建つ。

御柱(おんばしら)とは、原始信仰における「結界張り」の意味合いを持つ印である。神社が寺院建築の影響を受ける飛鳥時代以前はお社様は無かったから、神域だけ定めていた。御柱はその神聖空間を表すために四隅に建てられたわけだ。お社様のある現在において御柱は「建て御柱」つまり御柱を建てる御祭りにおいてその存在感を最も発揮する存在となっている。



IMG_0031


















(杉の木立にまぎれる御柱、モミの木を伐り出したもの)



IMG_0033

















(高台より見る諏訪湖)

諏訪は驚くほど雪が多かった。諏訪湖はまるで凍結しないそうだが、雪は最近降ったものでまだ新しい。日陰では凍結もしている。


IMG_0036



















(高島藩菩提寺の温泉寺山門)


IMG_0038

















(高島城の能舞台を改装した本堂)

温泉寺は雪に埋もれていた。諏訪大社の神官から立身したという大名の諏訪氏が墓所を見たかったのだが、雪の所為で無理だった。



IMG_0042


















(道脇の三十三観音を祀るお堂)



IMG_0045

















(踏切近くにある洋館、梅香荘)



IMG_0046

















(重要文化財の温泉施設、片倉館)

片倉館とは、近代の啓蒙主義の産物である。人々にspaなる温泉療法を教えようと立派な建物が地元の金持によって建てられた。人々の関心は温泉の効能よりも西洋による日本の再評価という視線に注がれたことだろう。何せ温泉とは昔から素晴らしき薬だったのだ。問題はその様式である。片倉館は銭湯や温泉宿と違うから是非一度体験する価値があるのだ。






IMG_0049
























IMG_0053























IMG_0054




















IMG_0056

















(上諏訪宿沿いの酒蔵、上から舞姫、麗人、本金、真澄)

真澄では試飲をする。高価な酒をさも偉物の風情で飲み比べしてみた。「山花」という3000円の銘柄が一番旨かった。酒はやはり後味の良い物に限る。




IMG_0057

















(雪に南天、伊藤若冲の描いた絵を想わせる)


IMG_0059


















(上諏訪の浄土宗貞松院)




IMG_0065


















(境内の猫は人馴れしている)


IMG_0066


















(貞松院裏の松平忠輝墓所)






IMG_0068



















(河合曽良の墓所がある正願寺)





IMG_0069


















(境内の曽良銅像)



IMG_0073


















(御神渡りの際に神事を行う八剣神社)



IMG_0074

















(上諏訪宿の浄土宗教念寺)

中山道沿いの寺院群を巡る。徳川家康に疎んじられて諏訪に蟄居させられた松平忠輝の墓所がある貞松院が目当てだったが、他にも風情ある伽藍がたくさんあったので寄る。芭蕉の随行人、曽良の墓所がある寺にも行った。肝心の墓参りは雪にまかれてできず終いであった。





IMG_0078





















(下諏訪駅から見る富士山、よほど天気の良い日しか見られない)

上諏訪を去り、2時半の列車で下諏訪へ行く。下諏訪はより静かでこぢんまりしている。下社のあるこちらの方が私にはなじみ深い。



IMG_0079

















(明治維新の際に偽官軍として処刑された相良総三を偲ぶ魁塚)


IMG_0081

















(諏訪大社下社春宮の神橋)



IMG_0084


















(春宮の幣拝殿)

歩いて15分、諏訪大社の下社春宮に至る。お社様は四つもあるからややこしい。皇大神宮は内宮と外宮がある。あちらも謎は多い。お諏訪様の場合にも時代と言う障壁が隠してしまった縁起がある。考察をするのは楽しいことだ。

お詣りは万感の想い。神さびた木造の社殿には背筋が正される。一つの日本の原風景を此所に見出したくなる。人工の美。人の紡いだ信仰の形である。





IMG_0095








































(春宮一の御柱)





IMG_0099


















(去年十二年ぶりに新造された春宮禁足地の宝殿)



IMG_0102


















(境内の裏より見る春宮四の御柱)




IMG_0103


















(春宮近くにある不思議な伝承を持つ万治の石仏)

万治の石仏。お詣りしたおかげでなむあみだぶつがよく出るようになった。お社様に後で詣でた時にも頭の中は願い事でも空でもなく、六字が自然に出てきてしまった。石仏の功徳というものである。



IMG_0109

















(熟れすぎた柿の実)




IMG_0110

















(下諏訪宿の温泉街)




IMG_0111

















(秋宮近くの評判の和菓子屋、新鶴本店)



IMG_0118

















(夕暮れ時の秋宮幣拝殿)

春宮より歩いて20分、秋宮に至る。春宮よりは人が多い。もう斜陽である。足も疲れてしまった。されども再びお社の神様と相見えることが出来た慶びは胸いっぱいに拡がるのである。







IMG_0117


















(可愛げな絵馬)



IMG_0121


















(秋宮近くの宿泊した宿)



IMG_0130

















(温泉の檜風呂)

温泉はあまり私の好みではない。塩化物泉なれども真水を温めたものに近く、香りも消毒液で減じられてしまった。されども繊細な湯だから公衆浴場で入るよりは旅館で入った方が良い。肌の為になる湯だ。




IMG_0144





















IMG_0148

















(部屋から見る石の庭)

旅館の庭は紅葉で名高い。優しげな丸石を用いた石組が見事だ。


IMG_0167


















(冬晴れの秋宮神楽殿)

IMG_0161






















IMG_0171

















(秋宮幣拝殿の意匠)


IMG_0174

















(七年前に造営された秋宮の宝殿)

次の日も快晴で迎える。昨日と比べて今日は極寒だ。朝旅館を出て再び秋宮に詣でる。空気は澄んでいて境内は清浄さで満ちていた。樹の上品。神の気配。美というものが現前していて、私をとても歓待していてくれる気がする。私が先月からお諏訪様にお呼ばれして、私自身応じて此所まで来たのが誤謬の無い運命のように感ぜられた。




IMG_0179


















(下諏訪を離れる)



IMG_0180


















(上社前宮の鳥居前)

下諏訪を10時半の列車で去る。二つ先の茅野駅で降り、cabを拾って諏訪大社の上社前宮まで至る。運転手は饒舌。聞かれてもいないのに身の上話を延々とする。人見知りしない明るさが諏訪の男らしい。



IMG_0186


















(上社前宮の拝殿)

上社の前宮は不思議のお社である。後で行く本宮とは全く違う役割を担っていたと思われる。冷たい八ヶ岳からの清い風が気持ちいい。開放的でもはや民家に侵食されてしまった前宮はその分親しげで悠久の昔を偲ぶにふさわしいところだ。





IMG_0185

















(前宮の御柱)




IMG_0183



















(前宮の十間廊、右奥に八ヶ岳が見える)



IMG_0202


















(諏訪大社の神長官を務めた守矢氏の宅)

守矢氏は諏訪の土着信仰の頂点を司ってきた。神の名はミシャグジという。強力な神であり、諏訪氏の奉ずる神に下った後でもひそかに今に至るまで信仰され続けてきた。つまり諏訪大社には表向きの神と裏の神がいるのである。これも諏訪の不思議なのだ。守矢氏も息の長い氏族であり、中世に神官から武士に転身した諏訪氏に付き添いながら、色々に災難あれども現在まで血脈を伝えている。前宮と本宮の間にある守矢氏の資料館は膨大な古文書を有しており、その一部を見ることが出来る。




IMG_0205

















(裏鳥居より上社本宮に入る)




IMG_0211

















(かつては神官のみが通った本宮の回廊)




IMG_0214


















(本宮の宝殿は下社のものと形状が異なる)


IMG_0222

















(上社本宮の幣拝殿)

前宮から歩いて30分で本宮へと至る。山際の鬱蒼とした林の中に広い社殿がある。本宮はなんとなくいかめしい雰囲気であまり親しみの湧かない。去年の御柱祭が済んだばかりでなんとなく気の抜けた感じがあったが、ちょうど御祭りが拝殿で行われていて厳粛な雰囲気だった。



IMG_0224

















(幣拝殿では神事が執り行われていた)






IMG_0257


















(帰りのあずさ号からも富士山は見えた)

風邪をもらってしまって疲れていたので早々に家路へ。久々のお諏訪様詣りであった。