IMG_0422





















斑唐津は素晴らしい。


昨日出光美術館の古唐津展を見てきましたが、実に有意義な展覧会であったという感慨を抱きました。唐津焼、それも古唐津のための展覧会。全くもって数寄で稀有な催しです。驚くべきことに全てが館蔵の品々で構成されている本展には170を超える唐津焼が集結していて、之一つで間違いなく古唐津の見識を一度に深化させることができます。不断唐津焼について、「ちょっと土色をした民芸調の椀器」という印象しか持たない方であろうと、当所に行かれますと、唐津焼の多面的な顔というものに吃驚させられるに違いありません。数寄者の方であれば垂涎ものの絶品の数々に眩暈を覚える程でありましょう。


私はこの展覧会に大変触発されました。唐津焼とは実に特異な歴史を持っているのです。唐突ですが歴史の話をします。

神功皇后の伝説から始まるこの陶器は、海賊波多氏とともに中世より現れ始めたそうであります。いわゆる六古窯とは距離を置きながら、注目すべき点、朝鮮陶器の影響を早くから受けていまして、独特の釉薬や、絵付けなどその起源には大変に興味が湧くところであります。全くもって地方的であって粗野であった唐津焼は茶の湯の要請によって1580年代ごろには古唐津の時代を現出させました。千利休所持の唐津奥高麗茶碗「子のこ餅」は古唐津最初期の極めて質素な名品と言えましょう。そして名護屋城築城、朝鮮出兵、朝鮮陶工たちの助力、波多氏改易、寺沢氏入封、古田織部の指導、美濃焼との東西交流といった出来事が唐津という焼き物を驚くべきほどに洗練させ、茶陶としての地位を確立させたのであります。大変に侘びた風情を持つ茶碗、絵付けの妙が光る大皿や壺、そして美濃焼の影響を受けた向付など、古唐津は茶人の間で一世風靡したのであります。この古唐津の時代は残念ながら長くは続かずに、この後に「献上唐津」と呼ばれる後期唐津焼が興り、明治維新の激動があり、中里太郎右衛門による古唐津復興があり、細々とではありますが現代にいたるまでその窯の灯火を繋いできたのです。


IMG_0426


















(絵唐津の良さが最も出る分野、それは諧謔でなかろうか。金森宗和が「ぐりぐり茶碗」と呼んだこの椀器を見てそう思う。)



唐津焼の和物における異質さというのは、一重に朝鮮陶器の直々の影響を見ることが出来るからでありましょう。唐津の顔ともいうべき、そして唐津が発祥と言われる絵付け、陶器に絵を施すというものは、「絵高麗」の茶碗、これは中国産のものもありますが、之に見られる巧みな筆使いを輸入した技法であろうと思われます(絵高麗の絵付けというのはなんとなく水墨画っぽい味のある筆使いであってそこまで絵に力を入れた類ではありません)。唐津というのは唐、つまり中国朝鮮の舟が最も良く出入りした港でありますから、舶来品に関しては最も早く目に出来る地理的環境にありました。最初は余技的であったろう絵付けは素人的なものを多く含みますが、「ヘタウマ」というか、独特の味があり、唐津の主要を任されるまでに至るのです。


IMG_0423













(朝鮮唐津の化学反応が生み出す釉薬の奇跡。それにしてもなぜ黒釉と白釉が融合すると青白い炎が生まれるのだろうっ。)




また釉薬も一線を画しています。一目見て井戸茶碗との類似を思わせる朽ち葉色には多くの侘び茶人たちが飛びついたことでありましょう。瀬戸物でも萩茶碗でもこういう色は欲しくって、而して出せなかったのです。またこの釉薬には鑑賞の味わいを加える貫入や艶めかしさのある光沢を放つ効果もあり、実に奥が深いのです。結果として唐津焼は美的な素質を多分に持ち合わせながら同時に地方的であり質素であるという同時には得られぬ真逆の性質を獲得しているのだと言えます。

実はこの朽ち葉色の唐津釉が席巻する中にあって、大変異な味わいを見せる種類の唐津焼があるのです。実は唐津焼には朽ち葉釉の他にも黒釉、白釉、瀬戸釉などを用いた多様な顔があるのですが、私が特に注目したのが、白釉のみを用いた「斑唐津」なのであります。



IMG_0427

















(志野茶碗の白が川端康成が『千羽鶴』で説いたように女と肉欲の象徴だとすれば、斑唐津の白は狂信者たちの処女信仰であるとも言うべきか。)



斑唐津というのは、そちらの手の方、骨董数寄者の間では最も需要を持つ古唐津なのだそうであります。なぜかというと、白釉の見せる景色がこの世の最も美しい叙情を現したかのようであるからです。通常の古唐津の見せる土っぽさとはまるで見える世界が違います。ある作家は斑唐津を五月に咲く卯の花のようだと言いました。私はなんだか斑唐津を見ると雪解けの時期に土が見えてきて、其処からふきのとうでも顔を出してきそうな、そんな喜ばしき感慨を覚えます。

この白釉というのはおそらく朝鮮仕込みの秘伝なのでしょう。萩焼にも似たような釉薬を用いたものがあり、高麗茶碗でも特に熊川茶碗の色合いに似たものを覚えます。ただ斑唐津の持つ叙情性、最も純粋な雪の粉(白釉)と健康的な土壌(焼き物の土見せの部分)の出会いはほとんど奇跡とも言うべき瑞々しさを含んでおります。この白の色合いはドカ雪のごとき志野茶碗の白釉の色合いとは全然性質が違うのです。


IMG_0425




















(残雪のあとはわずかなる斑唐津。なかなか珍しき景色だが、私には此所の土に生まれる小さき命の躍動が見える。)



斑唐津の真骨頂、それは極限の箱庭というべき「ぐい呑み」であります。茶碗や徳利も斑唐津にはあるのですが、なぜかぐい呑みに比べると物足りない気がしてしまいます。否、それには明確な理由があって、ぐい呑みの如く矮小であるがゆえにこの釉薬は面白いです。あまりにも凝固しすぎると三輪休雪の造る萩焼のようになってしまう白釉でありますが、たいていのぐい呑みにはこの白釉がほんのりと美しい新雪のように乗っかっており、さらに三分の一ほど下の方に見える唐津焼本来の土の色合いと大変良い対照を成します。考えてほしいのです、そんな斑唐津のぐい呑みでもって酒を頂き、空になった器をまじまじと鑑賞するときの感動を。雪、これは三月の雪っ。温かな日差しが雪を水に変え、清らかな土壌に流し込む、そしてそこから芽吹く春。まさに箱庭の世界。茶道の本質というべき矮小これすなわち宇宙大を体現する器なのではないでしょうか。私は出光美術館で斑唐津を目にして、こんな想像を膨らませていたのです。


出光美術館の古唐津展、是非お越しください。貴方の審美眼が間違いなく一段も、否二段もあがることでしょう。そして感じてください、古唐津が駆け抜けていった素晴らしき数寄者たちの時代を。