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(鎌倉、東慶寺のおみなえし)

最近は憂愁の風が吹いている。蝉が鳴くことも少ない。

毎週一回の習慣の通りに神保町へ行ってきた。

今日は丸の内から歩いてもたいして暑くない。空は曇り全般で、不機嫌になったり晴れ間が差したり。

今回は全くものを買わなかった。明日から法師温泉に療養しに行くので散財したくない。

いよいよ西洋絵画にも手を出そうと思って、D.G.ロセッティの画集を求めに行った。

ロセッティという人は19世紀のイギリス人で、ラファエル前派の立ち上げ人として知られる。殊にざくろを持つ女の絵が有名。ただ知名度で言うとターナーや印象派のほうが日本では上だろう。

無いだろうと思いながら源喜堂書店に行ったら一冊だけ英書のものが見つかる。また、ラファエル前派の画集もあったので購入した。かなりおんぼろで、多少ぼったくられた感は否めないが、色彩は綺麗だし、日本ではなかなか詳説された本が無い。だから需要と供給を鑑みても私は得したのであろう。

もう一冊は武者小路千家が監修した茶花の本。写真が綺麗。生けられた花々は、まあまあ地味で川瀬敏郎よりも茶花としては好趣味だと思った。法事の遺影を飾った茶とか、河原での野点てとか、多少首をかしげたくなるような項目もあったが、看過した。茶花の本としてはもう一冊『紅心-小堀宗慶の世界』という遠州流の先代家元が著したものを持っているが、そちらのほうを私は好ましい茶花のあり方の一例として提示したい。

書店を回ったが、これ以上の成果は無し。神保町駅から三つめ、内幸町で降り、虎の門方面へ。10分歩くと、虎の門砂場の古風な建物が頑固として高層建築群の角っこに建っているのを見出す。午後3時、砂場はこの時刻ががらがらで静かに食える。ただし酒は好い物が皆無だ。今日も客は全然いない。昼休みの無いのが有り難い。

入口に入ろうとすると、店員と鉢合わせる。吃驚しながらも、はにかんでいらっしゃいませと言う。彼女は砂場のべっぴんである。私が裏露地の見える明るい席に腰かけると、彼女がすっと外の道を通り抜けていく。

砂場は毎回通っていると味が変わる。前回はつゆが異様に濃くて、まるで薮蕎麦並みであった。汗をかいていたせいなのかもしれない。これ以上の絶品は無いと思う時もあれば、腹ごしらえ以上の成果を得られない時もある。最近は浅草橋のあさだや、須田町のまつやにも行かなくなってしまって、本統に此所だけだ。その所為で、味も余計に分るようになったか。

蕎麦が出るまで5分、べっぴんの娘が往来するのを観察する。典型的な丸顔で頭は小さい。目は少し大きめ。一所に結われた栗色の髪は肩の下までかかり、少し髪の尻が跳ねているのが面白い。声がとても良い。彼女の本当の美徳は、内面は知らぬが、その母性を思わせる澄んだ話し方なのだろう。よく通る高らかな声は私に心地よい癒しの時間を見せてくれる。なかなか東京では見出しがたいような若い女性だろうか。そういえば、彼女は最近になって目につくようになった。今年になってから入ったのだろうか。それとも私の眼から隠されていたのだろうか。まあいずれにしても、砂場にいるというのが、面白い。

感覚が高ぶったころに蕎麦が出される。丸に砂の印の刻まれたもりの器を見ると嬉しい。食感はとてももちもちしていて、典型的な蕎麦とまず舌に伝わってくる感触が異なる。つゆだけでは物足りないのでねぎとわさびを適度に入れると、これは味覚の天国になる。甘味のあるつゆが、調子の良い時だと最高の麺の引き立て役になってくれる。此所では決して蕎麦以外を食べてはいけない。無論私の趣向である。天ぷらなど、一緒に食べてしまうとまるで喉から鼻に来る、濃厚な風味を感じ取られなくなるから。

蕎麦湯は殆ど味を感じない。ただ薄められたつゆの程よく腹の温まる湯を飲む。忙しくない時間帯だと、少し待てば蕎麦茶も出してくれる。ゆっくりと口へと注ぎながら、艶のある、桧皮の色に染まった木柱や机、千鳥の透かし彫りや裏露地、薄く伸びていく硝子窓の影などを眺める。隠れた都会の、古風な贅沢が此所に現れるのである。

私が席を立つと、丸顔のべっぴん娘が後片付けに行く。長居は野暮だ。そう勝手に決め込む。木目の優しい色合いと石の床が印象的な店内から一歩出ると、また全然光景が変わってしまって、思わず下を見る。其処には入り口脇に佇む、まだ赤くなり初めてもいない千両の実がある。これもあとちょっとすれば黄色味が出てきて、次見た時にはもう真っ赤なのだ。そして新蕎麦の季節も、そうやってすぐに来る。

新橋側に砂場のある四辻をまたぐと、青海波の文様の、鮮やかなてぬぐいが落ちていた。もったいないけど、触れもしない。その縹(はなだ)色は、なんとなく先刻の砂場のべっぴん娘に見せてやりたい気がした。来週もまた味の快楽がために来るのだ。