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(京都・赤山禅院の冬桜 2017年11月30日)


今日。12時まで寝過す。

快晴。朝からヘリが行き交ってうるさい。

新宿まで出て、京王線の芦花公園駅で降りる。

世田谷文学館の渋沢龍彦展を見る。



渋沢は仏文学者であり、マルキ・ド・サドを本格的に紹介した人。

その博学ぶりと独特の美学、世界観から今でも多くの熱狂的な信奉者(かなりの変わり者)を持つ。

基本的に渋沢を好きな人は大分風変わりであろう。エロとかナンセンスとか、オカルトとかそういう方向に。

私が渋沢を知ったのは、ジョルジュ・バタイユという、やはり変態の20世紀のフランス人を通してだった。

エロという点では師弟の関係にある渋沢とバタイユ、けれど渋沢のエロは博学的で分り易い。

私は別に秘宝館を見てみたかったわけじゃなかったが、実際渋沢の知性は秘宝館よりもはるかに広大だ。

展覧会には老齢のほかに、若い女性が目についた。女性向け漫画や雑誌を通じて彼を知ったのだろう。



世田谷文学館の近くには蘆花恒春園がある。近代の異端の文人、徳富蘆花の隠棲地である。

私は今日其処を訪れるために彼の随筆文『自然と人生』を読んでいたが、結局行けなかった。

『自然と人生』は淡々とした自然描写が続く。一見古臭くて面白くない。

だが彼の漢文の素養は素晴らしい。とりとめもない季節の描写が一気に勇壮で動的なものとなる。

私は少しづつ音読してこの本を読んでいる。

言文一致体ではない分、声に出した方が頭に入る。しかも当世随一の美文だ。

この本は記録によれば11月21日に250円で私が神保町で買い求めた物ならしい。



芦花公園から笹塚で乗り換え、新宿線神保町駅で降りる。午後4時になる。日は没して暗くなってくる。

澤口書店で2300円費やす。以下の物を買う。


別冊太陽 小林秀雄 平凡社 1500円
 
ホフマンスタール 『チャンドス卿の手紙』 岩波文庫 400円

ツルゲーネフ 『ルージン』 岩波文庫 400円


今回神保町をわざわざ訪れたのは三島由紀夫が訳したという、イタリアの作家、ダヌンツィオの『聖セバスチャンの殉教』を買おうかと思ったからだ。

田村書店でそれを見つけはしたのだが、結局買わなかった。40年以上前に刊行されていて希少な本である。

また、文学専門の三茶書店も寄って、渋沢龍彦の本が無いか見た。手ごろなものは無いらしい。

渋沢の訳したユイスマンスの背徳小説『さかしま』があったりしないかとも思ったのだがそんなことは無かった。



帰りの横須賀線の電車は空いている。これが東海道線だと満員電車だったのだ。どちらも一本で横浜に行ける。

今読んでいるツルゲーネフの『父と子』が30頁ほど進んだ。

『父と子』という小説は永遠に瑞々しい。近代ロシアの進歩と苦悩がここには濃縮されている。

理想主義的だがいささか観念的でありたいした進歩を見なかった父親の世代と、無力さを実感し確かなものである科学にすがり現世権威を否定しにかかる子の世代。

火花を見るような世代間の対立は世代だけの問題にとどまらず、絶望的なまでの思想的な溝を持つ者たちの戦いの普遍的な記録としても見ることが出来る。

思想、のみならずツルゲーネフの卓越した客観小説の筆致は見事で、群像劇としての完成度は比類ない。



午後6時に家に帰る。やはりまだ夜に外には出られない。それほどに病は回復していない。夜には家にいないと不安。悲しむべき現状。

夜母方の祖母に手紙を書く。南方の孤島の療養所でゆっくりと死に向かっていく祖母。私は昨日部屋の窓辺を訪問してきた鳥たちの事を記す。めじろ、ひよ、むく、しじゅうから。皆冬は此所で過ごす。常夏のあちらには真新しい話だろう。

今日はあかしょうびんか、るりかけすの夢でも見たい。