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(嵯峨菊、京都修学院にて、2017年11月30日)


快晴。大変な強風に向う山の家々の衣は翻る。

明日から上越の松之山温泉に行くので、金券店で新幹線の往復切符を買いに横浜西口の南幸へ。

恋人たちは皆手つなぎ。24日の夜に恋は床の上で成就するだろう。童貞クリストスの誕生を祝うがために。

タワーレコードに行く。作り物のような厚化粧をした若い当世風の少女たちが集まっている。

カフェルノアールは満員。休日はいつも入れない。だがきざな若者ばかりのスターバックスには行きたくない。



川崎の方まで行く。いつもの日吉に至る散歩道を歩く。

紅木瓜が民家の脇に咲いている。このような時期に満開である。侘助は未だ見ない。

電車の中でツルゲーネフの『父と子』を読む。松之山まで持っていって読了しようと思う。



暗がりの道を歩きながら、過去について考える。なぜ私は大学で失敗したか。

それは私が破滅を愛したからだと思う。体も心も、ぼろきれみたいになってしまったから。

だが悪を愛する人(『カラマーゾフの兄弟』のイヴァン)が信仰の光にたじろぐが如くに私も少しは善を希求した。

そして愛を渇望する人は恐るべき現実との齟齬の中で圧死するようにして人生のレールから落ちた。

常に、私は出来損ないに生まれているという観念が常に私の虚脱の先鋒となって立ち現われた。

私に敵意を持つ者、私には勤勉が無いと断ずる者、私の心に不審の種を見出す者、彼らは私を傷つけた。

彼らと和すべき道はない、なぜなら私は間違った場所にいたのだから。もはや必要でない。

故に私は心地の良い、最高の成長を期せる場所をまるで心得ていなかった、そして自分を知らなかったのだ。

とはいっても私の苦しみはこれからも続くだろう、私が完全な心の余裕を会得しない限りは。



夜は早い。室で荷支度をする。上越は恐ろしく寒いしすでに冠雪している。

温泉を私の体は求めている。またしばらく隠遁しに行くのだ。